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  「!!」


  喘ぎ見開かれた壮年の男の両目、それは寸でで止まる刃に息を詰める。


  「なぜ、止めるんだ!」


  クラウンに降り下げられた剣、腕を掴んで止めたエンヴィーは、少年をドンと横に突き飛ばす。倒れて身を起こした少年は、怒りに罪人の祭司を睨み付けた。


  「逆になぜ、愛を受けたお前が、与えたものを殺すのだ?」


  「!?」


  意味がわからない。言われた少年は不気味に思ったが、リリーは尻もちをついたまま、別の思いで困惑するエンヴィーの顔を見ていた。


  止められた剣に命を救われたクラウンは、安堵の気持ちで空を見上げる。そこに、ゆらりと動いた赤い矛の破片の一つが、ゆっくりと自分に迫る様に大きく映った。


  「……ぁ、あ、あ、あ!!」


  ーーズゥン…。


  空に浮かんでいた三叉の矛の一欠片。それは空ではとても小さかったのだが、クラウンの身体に突き刺さる赤い破片は扉ほどもある。


  「始まった」


  少年の剣を止めたが命を救ったつもりは無かった。赤い破片が両断に食い込んだ祭司を見て、呟いたエンヴィーは空を見上げる。


  「どうなっているの?」


  「フェアリオとフェアリープ、二つの異物が壊れた紋と共に異界をこの世に引き寄せる。それで完成する」


  この言葉に、リリーは二つの穴を見て青ざめた。


  「わぁああっ!!」


  空から降ってくる破片から逃げる様に、短外套の少年は教会跡地から走り出る。赤い破片が降る空を呆然と見ていたリリーの手を、がしりとエンヴィーが掴んだ。


  「貴女と私は生き残る。そして、全てを失って、そうすれば、同じ位置に立って、そこから始められる」

 

  「??」


  重い音を立て、次々に大地に突き刺さる赤い破片。歯を食い縛り顔を上げたグランディアは、リリーがぐいぐいと引きずられるように、崩れた祭壇に向かっていく姿を見た。



  「リリー!!」



  グランディアの呼び声に、引かれるままだったリリーはエンヴィーが掴む手を振りほどく。


  「これを、止める方法は無いの?」


  「無い」


  「…………異界が、引き寄せられるって言った。なら、それを行っている力があるはず」


  「……」


  『電源を長押しするの! 最初から、私の目的はコンセントや電源を探す事だった! それを切れば、大抵は何とかなるの!』


  「……」


  リリーは、エンヴィーたち灰外套の祭司が聞くことは出来ても話す事は出来ない、異界の言葉を口にする。


  二重に聞こえる言葉は、意味のわからない物も含まれた。


  「生まれはダナーの娘のはずなのに、貴女は何故、この世に無い物を知っている?」


  ーーズゥン。


  「悪役という解答ではない。何故、異界の『デンゲン、コンセント』がわかるのだ?」


  ーーズゥン。


  砕けた魔法紋、その破片が大地に突き刺さるたびに、地面が震えて瓦礫が崩れる。


  「……それを教えたら、貴方は異界が引き寄せられるのを、止める方法を教えてくれるの?」


  「……ここまで進めば、無理だ」


  「何か方法があるなら、出来るだけ、やってみてから考える。知ってるの?」


  「…………」


  「迷ってる。貴方、きっと、いろいろな事が知りたい性格。だからきっと、小さい頃からいろいろ考えて、他の人よりたくさんの事を経験して、より多くを知っている」


  ーーズゥン。


  「全てを失わなくたって、今も貴方と私は同じ位置に立っている」


  「!」


  「もう始まってるよ。知りたい興味が終わるのは、心も身体も疲れて、本当に動けなくなった時だけだと思う」


  ーーズゥン。


  「動ける身体があるのに、意味ないって、失敗するって決めつけて、やれるのにやらないなんて、それこそ一番意味がない」


  「……」


  「私の秘密を、貴方だけに教えてあげる」


  ーードォン…。


  半身を起こすだけで吐血した。見えない力に押し潰されながらグランディアが前を見ると、赤い破片が降り注ぐ崩れた祭壇、リリーがエンヴィーに何かを耳打ちした。


  「姫様……あれは?」


  それを同じ様に見ていたエレクトだが、神獣の石像の横に、あり得ない人影を見た。


  「何故あいつは、立って、歩いているのだ、」


  地を這ってようやくたどり着き、瓦礫の壁を背に身を起こしたナーラの視線の先。リリーとエンヴィーの背後に、この場で普通に歩く者がいる。


  「まさか、本当に、境会アンセーマと、繋がって…」


  白金の髪に、翠がかる瞳は空からゆっくりと降りてくる赤い破片を確認して、それを避けながら祭壇を目指す。その手に長い剣を確認し、ナーラは苦痛に顔を歪めて吐き出した。



  「セオル、あの野郎、」

 

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