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「祭司クラウン、何故ここに? ……!!」
赤の主祭司の一人が森の中に居ることに、エンヴィーは怪訝に空の紋を見上げる。
よく見ると、空に浮かぶ紋の赤色に変化が見えた。
「いつの間に…」
ダナーの騎士達が踏み込んだ森に範囲を指定し、発動されていた因果律の支配が解除され、虹色の干渉膜が空の矛を覆っていた。
「祭司エンヴィー、何をしている? この森に居るのに、何故
「……」
「何故すぐに、処理をしなかった」
森の中では馬車には乗れず、ここまで走ってきた壮年の男は肩で息をするが、殺害対象である少女が生きている事に目を眇める。そして襟元を緩めて呼吸を整えると、怒りにエンヴィーを睨み据えた。
「……」
赤い外套の祭司の両脇には灰色の外套がそれぞれ一人ずつ。そして少し離れた場所に、泉で身体を清めていた短外套の少年が立っていた。
「抱き合うという報告には耳を疑ったが、どうやら、本当におかしくなってしまったのだな」
侮蔑に言ったクラウンの背後の森から、一人二人と灰色の外套の者たちが増えていく。それを見てエンヴィーが懐に手を伸ばすと、飛んで来た何かから身を翻しよろめいた。
「……つ、」
頬から流れ落ちた血、再び飛来する鋭い一つが腿を掠めて、今度は泉の縁を踏み外した。浅瀬に浸かったエンヴィーが見ると、正面に立つ灰色の祭司が構えるボーガン、それから連射された弓矢が肩口に当たり、外套のあちこちに血の染みが広がっていく。
「
だがエンヴィーの頭に狙いを定めた男に、鋭い声が命じた。
「止めなさい! 何をしているの!!」
毅然と声を上げたのは大公令嬢であるリリー。だが少女は、周囲に護衛騎士を侍らせず、ただ一人でその場に立っている。
「今この場で、右の不可侵領域権を発動する。エンヴィー・エクリプスは、この私、ステイ大公領の長女、リリエル・ダナーに害を与えた罪で、
強い言葉に灰色の外套は逡巡したが、クラウンはリリーを鼻で笑った。
「右の不可侵領域権? まるで王命かの様なその絶対的権利は、ステイ大公が捕らえられている今、どれほど効力があるのか?」
この言葉に、壮年の男を見つめる蒼の瞳は、怒りにスッと眇められた。
「……今、我が父上の事を何と言ったの?」
「東トイ国に攻められて、十枝と呼ばれる枝葉の領地が減れば、その様な大きな言葉を王都で口にする事は出来なくなりますね、と言ったのですよ」
「お前、名乗りなさい」
圧倒的に不利な状況。誰一人として味方の居ない少女の虚勢だが、何故か威圧感が放たれる。それにボーガンを構える祭司の手は戸惑いに揺らいだが、クラウンは従わずに片手を振り上げた。
「小娘が、お前こそ、上位祭司である私に向かって、なんて口の聞き方だ!」
指揮者の様に振り下ろされた男の手。同時に発射された弓矢の一つは空を切ったが、続く連射は袖とスカートの布地を掠めてリリーの真横を過ぎ去った。
「…………っ」
自分に向けられたままのボーガンに身構えるリリーは、身を隠す物が無い泉の畔に立ち竦む。瓦礫が散乱する教会跡地、それを取り囲む森からは、続々と灰色の外套姿が現れクラウンの元へ集う。
迫り来る者たち、灰色の外套下からはボーガンや抜き身の剣が見えている。
「百年続くフェアリーアイの呪い。ダナーに娘が生まれれば、それに不幸を与える事で、我ら
笑うクラウンの顔を睨みながらも、二つのボーガンに狙いを定められたリリーは両手を握りしめて、発射された軽い風切り音に、ぎゅっと固く目を瞑った。
ーーカンカン、ギィンッ!!
「!!」
間近で聞こえた金属の音に、ビクリと強張った身体。だが伝わってこない衝撃や痛みに、恐る恐る片目を開いたリリーは驚いた。
「……貴方は、」
目の前に現れたのはスクラローサ騎士である濃紺の背中、そして王族を象徴する肩口の飾りに金色の頭髪を確認すると、リリーは蒼い瞳を瞬いた。
「グランディア殿下!?」
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