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  東トイ国との国境山脈、西バックス国と砂漠の国境線、そしてスクラローサ王国の北側、友好国であるセントーラがスクラローサに向けて大規模な軍隊の移動を開始した。


  各家には緊急の伝令鳥が飼われている。王家グランディアの待つ窓辺には青い鳥、アトワ・ハーツ領の白の鳥は王都のフィエルの元へ、ダナー・ステイ領の黒の鳥はグレインフェルドの腕に舞い降りた。


  それぞれ、小さな筒から取り出した内容は同じ。


 

  ーー「三国同時領地戦争」


 

  「それは、エルローサが大敗した切っ掛けとなった……」


  グレインフェルドから告げられた言葉に、ファンは過去の歴史書を思い出して戦慄する。


  今よりも力を持たなかった左右の公国が、自領が攻められた事で、エルローサ王国に援軍を送る事が出来なかった遥か昔。


  更に同盟国であったグロードライト公国の裏切りにより、エルローサは王国を簒奪された。そしてグロードライトのスクラローサ王国建国と同時に創設された新宗教が境会である。


  「これから本格的な戦闘準備に入ります。御身は必ずダナーが護りますので、ご心配は要りません」


  力強くグレインフェルドは言ったが、執務室から出たファンはその足でリリーの姿を探す。


  軟禁を言い渡されてから元気なく、何も出来ないと自分を責めていたリリー。更に続く戦争という凶事に、心を痛めるのではないかと気になった。



 **



  「姫様、学院には行かなくても、気分転換にお買い物でも行きませんか?」


  侍女の一人は気遣ったが、それを断り首を振る。不敬罪での軟禁を言い渡されてから、リリーは屋敷から外には出ていない。


  そしてこの数日、自領と王都を行き来する十枝の邪魔をせずに、自室と温室を往復していた。


  「リリー様」


  「ファンくん……」


  まだ領地戦の事を知らされていない。そしてそれを告げるのは自分ではないと知っているファンは、不安にすがり付き「大丈夫よ、きっと大丈夫」と繰り返すリリーの背中を優しく撫でた。


  「……」


  だがほどなく、何かを決意したように「そうだ」とリリーは呟いた。


  そしてグレインフェルドの様に力強く頷くと、「お兄様に、任せておいて!」と謎の言葉を言い残し部屋を出た。



 **


 

  王都内の結界石は、今は王命により警務隊が石を護っている。


  ファンの言葉を聞いて、ダナー領内で破壊した石の真下を急ぎ調べるように伝令を送ったメルヴィウスは、戻った内容に確信した。


  「間違いない。これで完全に触媒を破壊すれば、あの目障りな赤い槍を消せる」


  朗報を手にして兄の執務室に駆け込むと、丁度良く来たとグレインフェルドは立ち上がった。


  「父上が王都入りされた。私は母上をお支えするために、明日ダナーへ戻る」


  「王都ここは俺に任せてくれ」


  絶対的に信頼する弟に目線で応える。だが切れ長の蒼い瞳は、次の言葉で冷酷に光を消した。


  「なので部隊を使ってセオル・ファル・グロードライトを拘束したら、私の前に、ダナーに連れてこい。あちらがリリーを人質とするなら、こちらはセオル・ファルをそうするまでだ」


  「だが兄上、まだ疑惑の段階だ。拘束して、人質はおかしくないか?」


  「リリーに近付いた目的が、全て王と境会アンセーマによる策略でないと、お前は言い切れるのか?」


  「ちょっと待ってくれ、兄上」

 

  「旧王国エルローサの血を持つセオル・ファル、左側アトワの血を持つ王太子グランディア、それとうちダナーを婚姻させようとする国王グロードライト。この作為的な血の交わりは、全て王が仕組んだ事だ」


  「だけど」


  「ここに境会アンセーマが関与し、歴代公女様の不幸の系譜に、リリーを載せるわけにはいかない」


  取り付く島もない。殺気立つ十枝は全てグレインフェルドに従い、既に領地戦とは別の部隊をセオル捕縛に向けて動かしている。


  今までは、気に入らないという理由でメルヴィウスが率先してセオル排除を指示していたが、今は止めるために手にした伝令内容を開いて見せた。


  「セオルなんだよ。セオルが今回、結界の触媒の事で、良い案を出したんだ」


  「触媒というと、長方形の積み石か」


  「ファン殿が、前にセオルと墓の話をしたって、それで気付いてくれたんだ。ただの積み石にその発想は無かったなって。墓って普通、中央が交差された天の橋って石だろ。でも調べさせたら本当に骨が出た」


  「……」


  「その骨には、ネルが組み込まれていた。石を破壊したことで術の干渉は乱れたが、破壊されていなかった。本当の触媒は、土の中に埋められていたんだ」


  「気付いたのはファン殿だろう。セオルの手柄ではない」


  頑なに動かない。だがそれに、メルヴィウスは痺れを切らした。


  「前に兄上が言ったんだ!! セオルの行動には不審はあるが、でも確実に、奴は必ずリリーの助けになっているって! セオルを嫌う俺を説得したじゃないか!」


  「……」


  「兄上、らしくない。急ぎすぎだ」


  沈黙したグレインフェルドとメルヴィウスは向かい合う。いつになく兄二人の強い言い争い。それを聞いていた妹は、扉を開けずにその場を後にした。



 

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