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「ごきげんよう」
蔑む様に笑ったリリー。日溜まりの温度を下げる蒼い瞳は、グランディアから隣に立つフェアリオに目線を移す。
『……』
冷たい微笑みに、それに怯えたフェアリオは俯いた。
「……王太子殿下に、黒の安息を」
「……」
かつては名前やあだ名でグランディアを呼んでいたが、今は社交的に定型の挨拶を述べるだけ。それは、明るいフェアリオの呼び掛けと対比される。
リリーから聞きたくない冷たい挨拶は、いつも平静を装うグランディアの心を強く乱した。顔に出ていたようで、蒼の瞳に返す言葉も素っ気ないものとなる。
「王宮に、何かご用事ですか?」
本来ならば、
その理由は簡単で、フェアリオという聖女と居る場を見られたからだった。
「そちらは、どなたですか?」
グランディアの心を見透かす様に、鋭い問いかけが突き刺さる。そこでリリーに気圧されているフェアリオが、グランディアの肘裏を軽くつついた。
振り返ると、助けを求めて見つめる空色の瞳。そしてそれに大丈夫だと応える様に、一つ頷いた。
『フェアリオ・クロスです……』
ようやく絞り出したフェアリオの挨拶は、後半が聞き取れなかった。それに、リリーは沈黙にゆっくりと目を伏せる。
「怖い……」
背中から、微かな呟きが聞こえた。
恐れる事はない。やましい事も何もない。グランディアは、境会から、学院に不慣れな聖女との交流を頼まれただけなのだ。
「グランディア様、私、貴族ではなく平民なのに、この場に居ては、グランディア様にご迷惑をおかけします…」
「そんな事はない。貴女は聖女なのだから、それを気にすることはない」
「ですけど、あの、
リリーの瞳は、責めている様に二人を見つめる。怒りを表したその証拠に、平民に名乗らせはしたが、自分の名を聞かせなかった。
気まずく重い沈黙の後、先に口を開いたのはリリーだった。
「気にすることはありません」
「?」
「お二人の関係は分かっています」
「何を言って…」
「こちらは、世間が知っている形だけのものなのです」
「リリー?」
「婚約破棄致しましょう。今、直ぐ」
「リリエル・ダナー!」
リリーの口から流れるように出たのは、グランディアが思ってもいなかった言葉。無表情、冷たく言い放たれた一言に、その場は凍りついた。
**
リリーから問われた奴隷の取り扱い。それについて、グランディアに探りを入れようと王宮を訪れたアーナスターは、中庭に隣接する回廊で足を止めた。
グランディアの珍しく大きな声は、リリーの名を呼び捨てたものだった。しかもそれは、咎めるように強く出たもの。
「私たちの関係の、何を分かっていると言うのですか?」
四方を回廊で囲まれた中庭は、王宮へと続く近道に利用される。その中央、光射す庭園には三人の姿が影を落とす。
「破棄など、私の一存では決められない」
(……あの人、王宮に居たのか)
長い黒髪、青い瞳、しばらく姿を見なかったリリーによく似たフェアリーンを背に庇い、グランディアはリリーに向かって言い放つ。
「君との婚約は、国王陛下のお気持ちにより、今に至るのだから」
婚約者である王太子に、それを言われた大公令嬢。
二対一。
端から見れば、ダナー家の令嬢は、王太子に責められている。しかもよく見ると、握り締められた両手、身体はぎこちなく震えていた。
「……」
いつも毅然としたリリーの震える姿、婚約者を前に別の女を庇うグランディアを見て、侮蔑の溜め息が出た。
そして侮蔑は苛立ちへと変わり、対象に向かって歩き出す。
「!」
日溜りの庭園、リリーの背後から現れた男に、グランディアは内心で舌打ちし、フェアリオは驚きに目を見開いた。
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