50
乗りかけの馬車から軽やかに降りてきたリリー。
「こんなに早く対応して頂いて嬉しいわ」
そうは言ったが、やはりアエルを見つめていた今までの女達とは違う。頬は赤く染まらず、照れて目線を外す事も無い。
「ご用とは、何ですか?」
「王警務隊デルフェルメ卿、貴方、奴隷の方を見た事があるかしら?」
「??」
わざわざ仕事中に声をかけて注目し、名前まで聞き出したダナー大公令嬢。だがその関心は、アエルではなく全く別のところにあった。
(俺でもなく、王警務隊でもなく、奴隷の方って、なんだよ…)
苦笑いにリリーを見下ろすと、その背後から殺気が放たれる。
「それはどうでしょうねー…。もう少し、親しくなれば、俺の事は分かるかもしれないですが」
「?」
「他にはないんですか?」
「貴方の事ではなくて、奴隷の方についてお訊ねしているのよ。では森の中で、彼らが競りにかけられてるって、それはご存知?」
「森の中の、競り? …あー、あれ…」
「その事について、貴方はどうお感じになるの?」
「お感じって、俺は今、貴女の事でいっぱいいっぱいなんですけど」
「??」
アエルは襲い来る殺気に負けず、いつも女達が喜ぶ微笑みをにっこり浮かべた。だがそれを受け取ったリリーは、汚物を見た顔をする。
「やっぱりお互いの内容は、より親しくなってからでないと。ね、」
「…………」
蒼い瞳は半眼になり、そこで侍女姿のナーラ・フレビアが前に出た。
「姫様、そろそろ」
呼び掛けられたリリーも、アエルに未練なく背を向ける。
「え? マジですか? これで終わり!?」
主張に一歩踏み出すと、アエルとリリーの間には、屈強な三枚の壁が立ち塞がる。
目線だけでアエルを制した者達は、言葉を発する事もなく、速やかに黒の馬車は去って行った。
**
「父上の元に、ナイトグランド総帥から手紙が届いたらしい」
その内容は他国との燃料資源の取り引きに関する契約で、ダナー領にとっては、バックス国やダエリア連合国と個人で取り引きするよりも、ナイトグランドを通した方が得になるという条件だった。
「素直に受け取れない内容ですね」
「それがそうでもない。ナイトグランドの総帥は、跡継ぎを決めかねている」
犯罪者として国を追われた長男グラエンスラー、そしてその長男の残した組織に手を焼く次男、アーナスター。
「グラエンスラーが
「成る程。ではこれも、姫様のお手柄ですね」
「そうなるか?」
満足げに頷いたグレインフェルドに、執事のアローも深く頷き返す。そこに、新たな手紙がやって来た。
ナイフで切り開き中身を確かめる。グレインフェルドは話題に狙って届けられたかの様な内容に、軽くため息した。
「
「ほう。成る程。ナイトグランド総帥が、長男を手放したくないわけですな。仕事が早い」
「ふむ……」
同意せずに思案したグレインフェルド。それにアローは首を傾げる。
「何か問題でも?」
「リリーの探す友人候補は、どうやら国外に出荷されたらしい」
「……成る程」
フェアリーン・クロスを探し回っていた妹の、落ち込む顔が目に浮かぶ。
それにグレインフェルドは、再び軽くため息を吐いた。
**
いつもの慣れた帰り道。先を行く馬車が速度を落とした事に、御者のアデンは手綱を軽く引いた。
(何だ…?)
御者台から見渡す前方。暴走車の様に速度を上げた数台の馬車を見て、同じ様に警戒していたトライオンに警告する。
「クレルベ様、敵です」
周囲の馬車を襲って邪魔者を排除し、四方から黒い馬車を取り囲む。現れた破落戸達に抜刀すると、馬首を返して三人の騎士は一人二人と斬り捨てた。
次から次に現れる敵の数を見て、一度停車した黒い馬車。思ったよりも多い破落戸の数に手間を取ったが、程なく落ち着きトライオンは馬車の中を覗き見た。
「…………」
リリーは祈るように手を握り、椅子から立ち上がって蒼白な顔で窓の外を見つめている。
初めての殺傷現場に震えるリリーの姿。それを見たトライオンは、腹の底に怒りが落ちた。
「先行して下さい。奴らが来ました」
トライオンの背後から、同じものを見ていたセセンテァが低く告げる。
セセンテァの言葉に振り返ると、後方から、騒ぎを聞き付けた王警務隊の数騎が見えた。
「任せた」
動き出した馬車に同伴したエレクトも軽く頷いて、トライオンはそれに向かって騎乗する。セセンテァは、遅れてやって来た王警務隊、その中の見知った顔の男を指で呼びつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます