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  乗りかけの馬車から軽やかに降りてきたリリー。


  「こんなに早く対応して頂いて嬉しいわ」


  そうは言ったが、やはりアエルを見つめていた今までの女達とは違う。頬は赤く染まらず、照れて目線を外す事も無い。


  「ご用とは、何ですか?」


  「王警務隊デルフェルメ卿、貴方、奴隷の方を見た事があるかしら?」


  「??」


  わざわざ仕事中に声をかけて注目し、名前まで聞き出したダナー大公令嬢。だがその関心は、アエルではなく全く別のところにあった。


  (俺でもなく、王警務隊でもなく、奴隷の方って、なんだよ…)


  苦笑いにリリーを見下ろすと、その背後から殺気が放たれる。


  「それはどうでしょうねー…。もう少し、親しくなれば、俺の事は分かるかもしれないですが」


  「?」


  「他にはないんですか?」


  「貴方の事ではなくて、奴隷の方についてお訊ねしているのよ。では森の中で、彼らが競りにかけられてるって、それはご存知?」


  「森の中の、競り? …あー、あれ…」


  「その事について、貴方はどうお感じになるの?」


  「お感じって、俺は今、貴女の事でいっぱいいっぱいなんですけど」


  「??」


  アエルは襲い来る殺気に負けず、いつも女達が喜ぶ微笑みをにっこり浮かべた。だがそれを受け取ったリリーは、汚物を見た顔をする。


  「やっぱりお互いの内容は、より親しくなってからでないと。ね、」


  「…………」


  蒼い瞳は半眼になり、そこで侍女姿のナーラ・フレビアが前に出た。


  「姫様、そろそろ」


  呼び掛けられたリリーも、アエルに未練なく背を向ける。


  「え? マジですか? これで終わり!?」


  主張に一歩踏み出すと、アエルとリリーの間には、屈強な三枚の壁が立ち塞がる。


  目線だけでアエルを制した者達は、言葉を発する事もなく、速やかに黒の馬車は去って行った。

 

 

 **



  「父上の元に、ナイトグランド総帥から手紙が届いたらしい」


  その内容は他国との燃料資源の取り引きに関する契約で、ダナー領にとっては、バックス国やダエリア連合国と個人で取り引きするよりも、ナイトグランドを通した方が得になるという条件だった。


  「素直に受け取れない内容ですね」


  「それがそうでもない。ナイトグランドの総帥は、跡継ぎを決めかねている」


  犯罪者として国を追われた長男グラエンスラー、そしてその長男の残した組織に手を焼く次男、アーナスター。


  「グラエンスラーが右側こちらを頼っている事に関して、それがこの燃料取り引きに有益に働いていると、父上はお考えだ」


  「成る程。ではこれも、姫様のお手柄ですね」


  「そうなるか?」


  満足げに頷いたグレインフェルドに、執事のアローも深く頷き返す。そこに、新たな手紙がやって来た。


  ナイフで切り開き中身を確かめる。グレインフェルドは話題に狙って届けられたかの様な内容に、軽くため息した。


  「長男からの手紙だが、次男の動向と、境会アンセーマの聖女に関するものだった」


  「ほう。成る程。ナイトグランド総帥が、長男を手放したくないわけですな。仕事が早い」


  「ふむ……」


  同意せずに思案したグレインフェルド。それにアローは首を傾げる。


  「何か問題でも?」


  「リリーの探す友人候補は、どうやら国外に出荷されたらしい」


  「……成る程」


  フェアリーン・クロスを探し回っていた妹の、落ち込む顔が目に浮かぶ。


  それにグレインフェルドは、再び軽くため息を吐いた。



 **



  いつもの慣れた帰り道。先を行く馬車が速度を落とした事に、御者のアデンは手綱を軽く引いた。


  (何だ…?)


  御者台から見渡す前方。暴走車の様に速度を上げた数台の馬車を見て、同じ様に警戒していたトライオンに警告する。


  「クレルベ様、敵です」


  周囲の馬車を襲って邪魔者を排除し、四方から黒い馬車を取り囲む。現れた破落戸達に抜刀すると、馬首を返して三人の騎士は一人二人と斬り捨てた。


  次から次に現れる敵の数を見て、一度停車した黒い馬車。思ったよりも多い破落戸の数に手間を取ったが、程なく落ち着きトライオンは馬車の中を覗き見た。


  「…………」


  リリーは祈るように手を握り、椅子から立ち上がって蒼白な顔で窓の外を見つめている。


  初めての殺傷現場に震えるリリーの姿。それを見たトライオンは、腹の底に怒りが落ちた。


  「先行して下さい。奴らが来ました」


  トライオンの背後から、同じものを見ていたセセンテァが低く告げる。


  セセンテァの言葉に振り返ると、後方から、騒ぎを聞き付けた王警務隊の数騎が見えた。


  「任せた」


  動き出した馬車に同伴したエレクトも軽く頷いて、トライオンはそれに向かって騎乗する。セセンテァは、遅れてやって来た王警務隊、その中の見知った顔の男を指で呼びつけた。

 


 

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