46



  「右側かれらがある女を、秘密裏に処分した事を知っているか?」

 

  「?」


  「さすがに、境会アンセーマを敵視していることくらいは知っているな?」


  カチリカチリと手首のボーガンを片手で組み立てる。そして人の流れが途切れる瞬間を待つ。


  「今日は彼女と一緒ではないのかい? 可愛い弟よ」


  褐色の顔、美しい顔に残る傷痕を隠すように、手にした紙をヒラリと翳す。


  「!?」


  転写された紙にはアーナスターと女が一人。ナイトグランドの門から出てくる姿を写したもの。


  「証拠は捏造出来る。お前が私を犯罪者と仕立てた様に、同じことを私が出来る事を忘れるな」


  「何の事ですか?」


  「境会アンセーマに属する聖女が、足繁くナイトグランドに通い、そこの次男と深い恋仲だと知ったら、右側ダナーはどう思うだろう」


  「…陳腐な風評です。右側かれらには意味がない」


  「あのお嬢様は、そうは考えないかもしれない。お前が思う以上にに純粋だから。フフ」


  「……」


  「お互いに、面倒事は最小にしたいと思わないか? 可愛い弟よ」


  「……」


  笑顔で真横を過ぎ去ったグラエンスラー。アーナスターは、組み立てたボーガンを向けること無く、その場に立ち止まった。

 


 **



  およそ百年前に造られたという、石重ねの小さな塔。それはダナー城を取り囲む森と、サテラの街の片隅に一つ。


  道案内の様に文字が彫られるが、誰も読むことが出来ない飾り文字。異国語でも呪文でもない子供の落書きは、昔、幼児のリリーがよく紙に描いていたものに似ていた。


  ーーガッ!!


  縦に一線。メルヴィウスの剣が中央からそれを両断した。


  「こんな物が、我らの領地にあったとはな」


  今までは道の装飾の一部と捉えていた、右と左に分かれて倒れた石の塔。呪いに関わる異物に目を眇めて、メルヴィウスは急ぎ王都に向かった。



 **

 


  中央には境会の象徴である二重の円。その飾り幕の真下に配置された教壇に、壮年の男が立っている。


  「主祭司クラウンに、ご挨拶申し上げます」


  エンヴィーが呼び出された大講堂には、珍しく赤い外套の主祭司の一人が待っていた。


  「よく来たね、祭司エンヴィー。他でもない。君がを担当していると聞いたので来てもらったんだが、少し、実行を早めてほしいのだよ」


  「……大公女の件ですか」


  「そうだ。主祭司オーカンがお怒りでね。それにネルにも余裕が無い。あと二度の召喚は可能だろうが、実際、そればかりに使ってもいられないからね」


  「……」


  「もうすぐ春が来る。そうなれば、大公女様は十七歳になられてしまう」


  「……」


  「君は皆と違い、幼い頃から寂しい思いをしてきたと聞いてるよ。今回、大公女の件が片付いたら、きっと主祭司オーカンは、君を認めて下さるだろう」


  笑顔のクラウンは、壇上からエンヴィーを見下ろし微笑む。


  「励みなさい」


  闇色の瞳でそれを見上げたエンヴィーは、軽く会釈して大講堂を後にした。

 


 **



  「お久しぶりね!」


  振り返ると、アーナスターが求めていた本物が立っていた。中庭に続く回廊から出てきたリリーは陽射しを浴びて、波打つ黒髪はキラキラ輝いている。


  「あ、…………ぉ…………」


  全身の血流が駆け巡る。緊張に身が固まり、全く声が出てこない。


  「…………」


  大きな蒼い瞳は、逸らされずにアーナスターをじっと見つめたまま。だがその澄んだ瞳が、アーナスターの内面を透かし見ている様に思えた。


  脳裏に翳されたのは、グラエンスラーが手にした転写紙。


  「お元気にしていたかしら?」


  陳腐な風評だと言い切ったアーナスターだが、リリーによく似た別の女と過ごした時間、それを蒼い瞳が責めていると目を逸らす。


  「…………申し訳ありません…………」


  リリーの為に動いたはずが、込み上げる気持ちの悪さに顔を伏せる。そして頭を下げると、その場から逃げるように歩き去った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る