13


  ダナー・ステイ領十枝の一族であるフランビア侯爵家は、調停官と呼ばれている。護衛と兼任し、家庭教師の一人でもあるルール・ラングから学びを受けたリリーは、授業中に何かを言った。


  「これって、『カウンセラー』みたいな感じ?」


  争い事の調停として特化したフランビア家だったが、譲歩や和解の授業中、ある項目で聞きなれない言葉にルールはまじまじとリリーを見た。


  「なんですって?」


  『カウンセラー』


  「??」


  靄がかかったように、そこだけがはっきりと聞き取れない。首を傾げながらもルールはその日の授業を終了した。


 *


 孤児院の運営を任されたリリーは、院長を始めとする職員の身体検査を行った。


  学力、生育歴、奉仕活動の有無、暴力行為の有無、性犯罪歴の有無。そして審査を通過した者には、新たな誓約書に署名させられた。


  暴行を行った者は、解雇及び厳罰を与える。


  それは入所する子供も同様で、暴力行為を行う者は病人として、病院施設に移動させるというものだった。


  この規則には職員も子供も困惑し、上手く行かないと思っていた新体制だったが、意外にも、今のところは問題なく進んでいるという。


  審査官が要因を問うと、それはフランビアの調停官の役割も大きいと、孤児院のもの達からの声でわかった。


  「本来の役割とは少し違うのですが、我々は主に皆さんの悩みを聞いて、それをまとめ、院長と管理者様に報告しています」


  「悩みを聞く…」


  「そうですね。人間関係から配給菓子の量に至るまで、それぞれ様々です」


  リリーは、フランビア領で学んだ学生を孤児院に数人配置させ、彼らは主に、職員と子供たちの愚痴を聞かされているという。


  厳しい顔の審査官を前に、始めての審査に緊張が隠せないリリーは、息をつめて結果を待つ。数枚の用紙を確認した審査官は、厳かに口を開いた。


  「まだ数ヶ月ですので、今後どうなるかは分かりませんが、現在の運営に問題はないと、大公閣下に報告致します」


  「良かった、皆様のおかげね! ……でも一番は、私が優秀だからと、お父様にお伝えしてね!」


  だがこの評価に、一緒に審査官の評価を聞いていた孤児院の院長は、子供たちと遊びに行ったリリーの姿を見送って、ふと表情を曇らせて打ち明けた。


  「管理者様の事なのですが…」


  週に二度の訪問で、リリーが必ず子供たちに教える言葉がある。


  ーー「強くならないと駄目なのよ。殺されないように、強くなるの。殺されてからでは悲しいでしょ?」


  この言葉に、運営を任されている院長は、リリーからの信用を得ていないと落ち込んでいた。




 **




  左側の枷は、同じく右側にもあると知っている。


  彼らは、王による直接の言葉に逆らう事が出来ない。


  それを利用して、右側を操る事の手駒にしようと、リリーに手紙を送り続けた。



 **


 

  入学してから絶え間なく、女子生徒から様々な集いに誘われているグランディア。表向き穏やかに断りを入れているが、溜まった苛立ちは剣術により同級生に容赦なく吐き出される。


  自律と融和、創造性を掲げる学園の方針により、どの立場のものも、基本的に命に関わる争い事を禁じられているが、優劣を測る授業は、才能の開花と称して限度がない。


  グランディアはこれを利用し、剣術の授業で容赦なく対戦相手をいたぶり、打ちのめしてきた。


  その二面性を見守ってきた護衛のサイだったが、珍しく音を立てて走り寄ってきたグランディアに、何事かと緊張した。



 *


 

  「サイ、聞いてよ!」


  今までのグランディアには見たことのない、純粋な少年の笑顔。


  「あの娘、僕の手紙を捨ててるんだって!」


  「…それは、何かの間違いでは、」


  王子からの手紙を捨てるという衝撃の内容に、困惑したサイは思い違いだと否定する。しかしグランディアは、証拠だと言って焼かれた紙切れを取り出した。


  焼け焦げた高級な用紙の一片に、確かにグランディアの筆跡が残っている。それを見て蒼白になったサイは、ハッと気がついた。


  「これは、また左側アトワの諜報を、右側ダナーに使ったのですか?」


  「変わった娘だとは思っていたけど、ここまでとはね」


  言葉とは裏腹に、グランディアはとても嬉々としている。


  以前から、右側ダナーに放ったスパイにより、グランディアの手紙はリリーに渡っているとは知っていた。


  返信を返さないのは本人の意思ではなく、婚約に乗り気ではない、大公の命令だとも思っていたのだが、詳細を調べさせると、リリーはグランディアの手紙を自ら暖炉で燃しているという。


  これに激怒したグランディアだったが、なぜかそれを護衛のサイに、とても嬉しそうに語っていた。


  「面白いね。あの娘、本当に面白い」


  そう言ったグランディアは、同じ様に火にくべようと溜まった手紙を暖炉に運んでいたが、何を思ったのか立ち止まると、戻って再び箱にしまっている。


  「ここまで苦労したんだもの、なんとしても利用しなくてはね。その資料として、これはまだ、とっておくよ」


  「…そうですね」


  グランディアは言ったが、風に舞って偶然サイが手にしたリリーの手紙の一枚には、ステイ領にしか咲かない花の押し花が挟んであった。


  「何か見た?」


  「いえ。何も」


  素早く回収すると貴重品箱に向かう。その途中、あっと、何かを閃いたのか、笑顔でサイを振り返った。



  「そうだよ、ダナーに行けないのなら、こちらに来てもらえばいいよね」


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