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  「ケイズ伯は、良き跡取りを得たものだ」



  トライオン・クレルベは、十二歳で初めて広大なダナー公爵家の領地に挨拶に訪れてから、定期的に登城している。


  あれから六年という歳月が流れた。


  領内に忍び込んだ左側アトワの諜報を捕らえ、罪人の拷問を行った、その報告の帰り道。厩舎から続く小路に人影が弾む。


  「きゃはっ、きゃはっ、」


  凍てつく城には不似合いな、少女の甲高い笑い声。


  領地を護る騎士団は黒の甲冑を身に纏う、闇と呼ばれる右側、ダナー・ステイ大公国。古くから大陸の右側領土を護り、中央に鎮座する王家を支えてきた。


  そして枝葉となるステイ大公領の一族、特に側近とされる十の枝族は強力な騎士団を抱え、無情に命を断つ職種が極めて多い。


  「きゃははっ!」


  真綿に包まれ育てられた。外に出ることにも許可が必要な少女は、厩舎の馬に雑草を差し出した。そしてそれを馬が食むと、楽しげに嬉しげにまた笑う。その笑い声に、父の言葉を思い出した。


  「呪いか」


  善くない噂は、トライオンが初めて仕事を行った日に聞かされた。


  悲鳴をあげる罪人。初めて人の皮を裂いた感触に、呆然と立ちつくしていたトライオン。強烈に込み上げてきた吐き気に踞った息子に、拷問官のケイズと呼ばれる父親は呟いた。


  ーー生まれ落ちてすぐに、呪われるよりはましだろう。


  ダナー家に生まれる女児は、いつの頃からか呪われた姫君と呼ばれる様になったそうだ。


  必要なのは男児だけ。護られるべきも男児だけ。どうせ女児は、どんなに護っても、十六歳を超えられずに死んでしまう。


  薄気味悪い呪い、それを知るダナー家を始め一族は女児の誕生に落胆したが、生まれた時から異端の姫は明るい陽を纏い、凍てつく城の中を駆け抜けた。


  まるで厭わしい呪いなど、自分には関係ないというように。


  笑い声はあちらこちらを灯し、闇と呼ばれるものたちの心を変える。氷の様だった大公夫妻の仲を溶かし、刃の様だった後継者は、妹の影響で周囲を見渡す余裕を得た。この六年で、少女の成長とともに変化した城内。それにより一族は、彼女の身を案じる様になった。


  (大公と婦人、次期様、そしてメルヴィウス様は、)


  特に仲の良い兄妹。妹の誕生により環境が変化し、家族の温もりを知った次男。その大切な妹の呪いを聞かされたメルヴィウスは、元々の苛烈な気性に拍車がかかり、今では教育係も抑えられなくなった。



  「タイオさま、ごきげんよう」



  舌足らずな小さな口は、トライオンとは言えずにタイオと呼ぶ。


  「ご機嫌麗しく、姫様」


  「うふっ」


  「……」


  登城すると必ず走り寄ってくる綿毛の様な小さな少女には、王家の目が監視で付いている。トライオンに黙礼した少年は、いつも少女の側に寄り添っていた。


  左右の公家には、神官が送られる。


  スクラローサ王国には、現在二つの信仰がある。遥か昔から大陸で信仰される、天の神エルロギアを崇める天院教会。そしてもう一つは、王家が新たに設立した、異界の聖女を崇める境会だ。


  大公家に子供が生まれると、信仰の教えとして訪れる神官。教育係りとは言うが、この境会からの派遣神官が、王家の監視の目だということは、誰しもが知っている。


  だが今回、末の姫の元に赴任した神官に、周囲はざわめいた。


  今や信仰が衰退して旧教と呼ばれる天院教、そこからの神官の派遣だったのだ。年頃も神官としては若く、長子のグレインフェルドよりも一つ上。そして極めつけは、少年の見た目は金色の髪に翠の目。これは王家の血筋に強く現れる特徴だった。


  トライオンの家ケイズの者も皆が訝しんだ。今や少女の成長を願うステイ公領の一族は、異例の神官の配属に、誰しもが少年を警戒している。


  (結局は、旧教も王家の監視に違いないという事だ。王家の遣いは、常に左右の公国の弱みを探ろうとしているのだ)


  不審な神官セオル・ファルは、何故か常に少女の傍に居る。すぐに領地に戻ろうと思っていたトライオンだったが、寄り添う王家の目を牽制するように、馬番に手綱を預け少女の警護を申し出た。



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