リリー8 (~十五歳)



  「うるせえっつってんだろ!! 誰が口開いていいっつったんだ!!! ぁあんっ!?」


  連続する鈍い音と甲高い苦鳴。


  「…………」


  聞きなれたその音に私は立ち止まり、薄暗い路地に注目する。


  初めての街ぶらで、異世界の下町観光を満喫せず、屋台のB級グルメを堪能する前に、薄暗い路地を突き進む。そしてほどなく目的のものを発見した。


  『…やっぱりね』


  そこには子供を連れた、裕福な服装の肥ったおじさん。見た目も何もかも、


  「気に入らないわね」


  「?」


  見ず知らずの私の気に入らないわね発言に、気に入らないおじさんは「はぁっ?」て顔したけど、お供の警備員たちの雰囲気に、彼は「はぁっ?」て声に出さなかった。


  でもおんなじことを思っていただろうね、背後の皆さんから、なんとも言えない困惑した空気が伝わってきている。


  私はなぜ気に入らないおじさんに大注目してるかって?


  だって気に入らなかったからだ。


  理不尽な因縁つけるって、これは悪役の常套句でしょ?


  この我がままでネガティブなロックオンに、自慢の悪役集団、お供の保護者たちはきっとドン引きしている。


  でも私、せっかくの悪事の行使のチャンスを逃さない。なのでお供に命じておじさんを路地から引きずり出して、ある実験を試みることにしたのだ。


  騒ぐおじさんを黙らせる、


  過去世で考えてみた犯罪計画の一つ。


  でも過去世で一般人だった私には、想像することだけで、実行出来なかったある構想。


  それはね?


  気に入らない奴をある場所に閉じ込めて、どうなるか様子を見てみる実験。


  怖いでしょ?


  なかなかのサイコパス。


  でもせっかく強権力を手に生まれてきたのだもの。権力と金、人相の悪いお供たちの最大フル活用は、今まさに。


  親の七光りという後光を放つ私は、現在世では間抜けな悪役ではなく、賢い加害者にならないといけないのだ。


  知ってる? 皆さま。悪役から加害者になるのなら、経験値レベルアップしないといけないのよ。


  だがしかし、サイコパス実験を始めて数ヶ月、その結果、街人が私にドン引いただけで、閉じ込めたおじさんには変化なんか無かった。これは長期戦を覚悟しなくてはならない。


  そしておじさんの身内からは、当たり前のようにサイコパスを非難する声が上がっていることは、風の噂で聞いている。


  まあでも、悪の中枢の我が家にはノーダメージだったらしいのだが、ノーダメージだったお陰で、パピーとマミーからは叱咤も激励もされなかった。


  だけどこのレベルアップのチャンスを利用した私に対して、お供の保護者たちは明らかに変な顔をして私を見るようになった。スーパークールお兄さまと、ヤングレタお兄さまを見る目とも違う。なんか変な目で、皆は私を見ている。


  そしてついに。


  「お嬢様、何故こんな面倒な事をなさるのですか?」


  警備員師匠からの、ダメ出しをくらった。


  昔、気になる木から降ろしてもらったという大恩がある警備員師匠。その恩人に、ダメ出しをくらった。


  これは悪の組織の中枢に与する彼らに、認められなかったということだろう。どうやら私の加害者レベルアップは失敗したらしい。


  でも諦めないよ。


  失敗は成功のもとってあるあるだよね!


  でもなんでそんなに加害者レベルアップしたいのかって?


  悪役はいつも、やっつけられることだけが決まりごとだから。


  それにあと一年で十六歳だから。少しでもレベルアップして、後々に現れる悪役の敵である主人公、ゲーム本編ストーリーをなんとか素通りして、十七歳のハッピバースディしてみたいじゃない?


  だって十六歳の過去世の私は加害者に成りきれずに、間抜けな悪役で終わってしまったのだから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る