図書室にて 鴇田量也
「その流れで『文体練習』させられているのね?」
ここは図書室の閲覧コーナー、閲覧室ともいわれるエリアで、小声なら会話が許可されているため小グループの勉強会などに使われているところだ。
六人掛けのテーブルに僕と
部室には
僕たちを見送るとき、
僕は心を鬼にして出てきたのだ。僕だって、できれば但馬先輩の相手をしてあげたい。僕たちでないと但馬先輩の蘊蓄や御高説に耳を傾けることができないからだ。
しかしやはり手を動かすとなると但馬先輩は障害になる。だからやむなく先輩を残してきたのだ。鴫野はさほど気にしていなかったようだが。
そして鴫野と二人でこの閲覧室で課題をこなしている。そこにたまたま槇村さんが立ち寄ったというわけだ。
もちろん槇村さんが僕たちの様子を見に来たわけではないことはわかる。しかしせっかくレアキャラに遭遇したのだから、このひとときは大切にしたい。
「二人がどんな風に書くのか楽しみだわ」槇村さんは本当に楽しそうにしている。まるで天使だ。
「でも、私たち、この時のシーンを実際には見ていないので、今一つイメージがわかないのです」鴫野がしおらしく言った。
自分のことを「私」というあたり、槇村さんにインスパイアされて清楚なお嬢様になったつもりなのかもしれない。まあ、見た目が美人なのは認めるが、鴫野が体育会系なのは紛れもない事実。あのラリアットを何度食らったことか。
「真似して書く練習なのだから、いくつかある例を見て自由な発想で新しいお話を紡いでちょうだい」
全く、槇村さんの言葉は心をくすぐる。僕は俄然やる気を出していた。
放課後の閲覧室は人の出入りが多い。別のクラスの友人と一緒に帰るために待ち合わせ場所にしている生徒もいる。僕たちがいる六人掛けのテーブルには僕たち三人しかいなかったが、他のテーブルはそこそこ埋まっていた。
そうなると新たにここを訪れた生徒の中には空いた場所を見つけられず戸惑う者も出てくるのだ。その一人というわけでもなかっただろうが、二年生の
「あら、香月君じゃない」香月先輩に声をかけたのはやはり槇村さんだった。「図書委員のお仕事かしら?」
「いえ、単なる気紛れです」
「あ、妹さんと待ち合わせね」槇村さんが微笑んだ。
香月先輩は特に否定しなかった。
「良かったらこちらにいかが?」
お茶でもいかが、と僕は槇村さんに言われてみたかった。
「畏れ入ります」
香月先輩は何の躊躇いもなく鴫野の隣に腰かけた。
驚いたのは鴫野の方だろう。香月先輩をチラリと見ただけでノートパソコンに集中している。しかし手は動いていない。
文を考えているのでないことは僕にはよくわかった。こいつでも色気づくことがあるのかと、新鮮な驚きが起こった。
「文芸部のミーティングですか? お邪魔ではなかったのですか?」
「良いのよ、香月君は」
僕は目を疑った。色気づいているのは槇村さんなのだ。
「文芸部に入ってくれる話、前向きに考えてくれたかしら?」
「自分はひとりで読むのが好きなもので、遠慮しておきます」
「残念だわ。香月君が入れば、女子の部員はもっと増えるのに」なんだよ、そこかい、と僕は少し安堵した。
「自分は帰宅部を満喫します」香月先輩はふと僕のノートパソコンに目を留めた。「創作活動かい?」
「文体練習だそうです」他人事のように僕は答えた。
いまだに自分が文芸部の課題に取り組んでいることが信じられない。槇村さんなくしてはあり得なかっただろう。
「例の、レーモン・クノーの真似だね。いや失礼、オマージュ、かな」
「真似事ですよ、所詮」僕は答えた。
「香月君も書いてみては?」槇村さんが提案した。
「遠慮します」香月先輩はきっぱりと断った。
「私も書いたのだから、香月君も良いじゃない?」
「では、槇村さんのを、見せていただけますか?」
「香月君の頼みならしようがないわ、恥ずかしいけれど、見て……」
何だか怪しい会話だ。僕もそこに混ぜて欲しい。
槇村さんと香月先輩は二人して閲覧室隅の端末まで移動した。そこで文芸部通信を見るのだろう。
「今の人、誰?」鴫野が似合わない小声で囁いた。
「図書委員をしている二年生の先輩だよ」
「槇村さんと親しくない?」
「どうだかな、香月先輩はいつもボッチで女性には興味ないように思えるんだけど」
「ふうん」
「槇村さんは、人を見たら勧誘する人だからな」男女の仲になるなんて、どちらも考えてないよ、たぶん。
しかし端から見ていると、槇村さんの方は満更でもなさそうだった。自分の書いたものを香月先輩に見せて、ちょっと恥ずかしそうにしている。そういうはにかんだ表情は初めて見るものだった。
僕は何だかモヤモヤした気分だった。
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