怖くてレビューを書けない話
最近ずーっと頭の端っこにあったこと。
「レビュー、怖いんだよなあ」っていう気持ち。
レビューをいただくのは大変ありがたく、嬉しい。レビューの大切さも分かる。でも、自分は書けない。
なんでかなぁと思ったら、ひとえに怖いからと言う感情に行き着いた。
気分を害したら?
的外れなことを言っていたら?
見た人が何を思う?
これを考えて、止まる。
自作について言えば、とくに何も思わないけれども、人様のは別だ。
あと、レビューや感想コメントをSNSでアップする行為にも慣れなかった。その言葉は、書いた人のものでは? と思うからなのか。やっと最近、ちょっと慣れてきた。
多分、自分がされたら嫌だから、慣れなかったんだと思う。無言でされたら、今でも嫌だと思う。一言欲しい。
カクヨムで見られるのはいいけど、SNSのよくわからない不透明なところで挙げられるのがダメなんだと思う。
とはいえ、商品レビューは意外とよく書く。
ここは良かったけど、ここを改善して欲しい。この商品は粗がひどい。そういう意味で書くことが多い。
そう、同じレビューでも意味が大きく違うのだ。
一個人の創作物と会社の製作物。そりゃ、違って当たり前。会社は金銭の利益を求めてるんだから。
じゃあ、一個人にはなんて送るべきか。
そもそも、レビューは何のためで、誰のためなのだろう?
面白かったと共有したいため?
物語の布教?
作者の応援?
ラブレター?
多分、どれも正解なんだと思う。
共通しているのは、ポジティブな感情。
このポジティブな感情というのが、自分にとってはめちゃくちゃ厄介なのだ。
頭で考えるタイプなのか、感情が薄い。
面白かった。良き。尊い。
それくらいしか出てこない。あとは、オタクの「好き…!!」で終わる。語彙力はどこに行ったのか。
感想は書く。こっちは大分慣れた。
ただ、レビューはなんか文字数を要求されている気がする。たとえば「好き!」だけ自分が書いたとして、それはレビューとして成り立っているのかと思ってしまう。
妙に申し訳なくなるから、逆に書けない。
アドバイスをクソバイスと捉えて、口に出す人たちが存在することを知っている。
どんな言葉も悪しきに取る人もいるし、本当に悪意のある言葉もある。
感情的な文章を長く書けば書くほど、おかしな部分は比例して増える。
レビューを適当な言葉で装い繕っても良いとは思う。ただ、それをしたら自分は、気持ちの入ったレビューではなくなってしまうと思う。
よくわからない人に、よくわからないところで、よくわからないことを言われるのが嫌だ。
結果、レビューが書けなくなる。
良くないなぁとは思っている。
でも、やっぱり怖い。
いつか、レビューを書きたくて仕方ないような気持ちになれるのだろうか。
それともレビューを書くことがほぼないままなのだろうか。
自分でも分からない。
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