第153話 伯爵家、総スカン



「伯爵家の子女は代々、頭の回転が良すぎるのよ。その中でたった一人だけ普通レベルの人間が紛れ込む事への不安はよく分かるわ」

「そ、そうなんですか?」

「えぇ。私でさえ、たまにワルターとこの子達4人で会話している時に元々の出来の違いを見せつけられるようですもの。しかしこういうのは、気にするだけ無駄というものです」


 にこやかな表情で、クレアリンゼはサラリと自分の劣等感と心構えについて語る。

 それを見て、セシリアはポツリと「いつも思うけど、お母様ってやっぱりカッコいい」と心の中で独り言ちた。


 そんな風に思うのは、きっと彼女の思考や生き方にブレない軸が存在するからなのだと思う。

 先程『出来の違いを感じる事もある』などと言っていたが、それでも今まで一度だって、セシリアは母親から苛立った結果当たられたり「分からないから」と放り出されたような記憶はない。

 分からないなりに、きちんと子供と向き合ってきた証拠ではないかと思う。

 

 己を知り、自分に出来る形で相手に誠実であれる母親。

 そんな彼女だからこそセシリアは好きだし、きっと他の兄姉も父も、そして義娘の心をも魅了する。


「お、お義母様……!」

「ちょ、ちょっと母様。僕の婚約者を勝手に誘惑しないでくれるかな」


 惚れた様子のカロリーナに慌てて、キリルがそう声を上げる。

 しかし当のクレアリンゼはどこ吹く風だ。

 楽し気な笑顔で「あらキリル、貴方の脇が甘いのではない?」などと言ってくる。


「お兄様、お母様には勝てません」

「そうですよ、諦めた方が楽になれますよ?」


 セシリアがゆっくりと首を横に振り、マリーシアも降参を促し慰めた。

 そこには「私達、兄妹揃ってまだまだお母様の足元には及びません」というニュアンスが込められている。


 よく父を追い越す事の難しさが語られる事が多いが、伯爵家は母の壁も分厚いのだ。 


(……私も、少なくともあと10年はお母様に勝てそうにないなぁ)


 思わずため息が出そうになるが、その一方で高い壁ほど登り甲斐もあるとも思う。

 などと思っていた時だった。


「ごきげんよう、オルトガン伯爵家の皆さま」


 家族の会話に、よそ者の声が入って来る。



 その声に、カロリーナ以外の全員が内心で「あぁやっぱりな」と思った筈だ。

 そろそろ来ると思ったのだ、今日初めて一気に釘を刺せる機会が来たから。


「あら、何かご用事かしら? ダリアさん」


 そう口を開いたのは、母・クレアリンゼである。

 

 先程までの顔の上に社交の仮面を被り込んだ彼女の微笑みは、完璧な造形美と形容したくなるほどの美しさだった。

 しかしそれが人工的なものである事は、聡い者ならば分かるだろう。

 分かるように



 『家族のだんらんを邪魔してまで話しかける事かしら?』というクレアリンゼの牽制を、どうやら彼女は正しく受け取ったようだ。

 口の端を僅かにヒクリと引き吊らせながら、懸命に笑みを保ちつつ「伯爵家の皆さんが揃っているから挨拶を、と思ったのですよ」と言ってきた。



 彼女の名はダリア。

 ダリア・ヴォルド公爵夫人。

 『ヴォルド公爵家』と言えば、最近よく聞いた名だ。

 もちろん今年あった一連の事も、家族には全て情報共有が済んでいる。

 お陰で全員、かの家への迎撃準備は万端だ。


「そうなのですか。しかし残念です、父がまだ陛下の謁見から戻っていませんから」


 キリルが暗に「『皆さん』というには人数が不足しているから出直してこい」と言葉を返し。


「挨拶ですか? それはご丁寧にありがとうございます」


 マリーシアがブリザード吹き荒れる笑顔で「いつもは挨拶などしてこないくせに」と言及する。


 最後にセシリアがにこりと微笑んで、こんな風に言ってやる。


「ダリア様の貴重なお時間を私達で浪費するなんて忍びないです」


 暗に「帰れ」という意味だ。

 目の前の総スカン状態に、カロリーナが「うわぁ……」という苦笑顔をしたのが見えた。

 彼女には少しポーカーフェイスの練習が必要かもしれない。


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