第145話 貧民たちの未来設計



「放っておくといつまでも仕事をしているし、休憩しないどころか休憩させたらさせたで色々と疑問質問を投げてくる。もう本当に鬱陶しいったら」

「なるほど、それは良かったです」


 アンジェリーが相手を貶すとしたら、もっとひどい言葉を使うだろう。

 この言葉は、そうしないくらいには彼らが使い物になったという事の裏返しだ。


 もしかしたら、三日間が始まる直前に貧民たちに言っておいた「丁度いい機会ですから、目いっぱい知識や経験を吸収してください」という言葉が、良い方向に効いたのかもしれない。


「彼らはこの後平民街でも使い物になりそうですか?」

「知らないわよ、平民がどう思うかなんて」

「アンジェリー様の見解が是非、聞きたいのです」

「……まぁとりあえず、それぞれ職務に沿った事はやろうとしているし、ここ三日で得られた成果もあったんじゃない? 元が吸収の余地しかないのだから。あの首から下げた『フリーマーケットが終わった後の仕事募集中』という板を見てか、実際に何人かは街の人から今後の仕事について声を掛けられているみたいだし」

「ふふふっ、そうですか」


 それは嬉しい報告だ。


 フリーマーケットは黒字だし彼らに働き賃を支給するのは問題ないが、そうして得られる報酬は大体平民が一か月強生きられるかどうかというくらいだ。

 平民街で継続して働くためには、食べ物だけじゃなく住む場所や身なりにも気を使わなければならなくなる。


 研修場所として用いた彼らの臨時の寝床も、三か月間の家賃しか払っていない。

 支給した服も、フリーマーケット従事分として替えも含めて三着支給しているが、毎日手洗いで洗濯するとしてもいずれはくたびれ破れるだろう。

 それらのリミットが来るまでにある程度の実入りが無ければ、彼らはまた最底辺の生活に戻らざるを得なくなってしまう。


 本当の意味でこの三日間を踏み台にしてのし上がる為には、まずはチャンスを掴む事が第一。

 そのチャンスが向こうからやってきているのを知って、喜ばない筈はない。


「貴女にそういう顔をされると、何だか無性に腹が立つわ」

「どういう顔です?」

「子の成長を喜ぶ親のような顔よ」


 まぁ確かに自分が関わった人間の未来が少なからず開けたようで安心はしていたが、そんな顔をしていただろうか。

 イマイチ自覚が無いせいでキョトンとすると、アンジェリーに「もういいわよ」と面倒そうに手でシッシッと邪険にされる。

 ちょっと酷い。


「あぁそういえば、運営テントに来るトラブル対処や相談事の中に、この店内でのアレコレが一件も無かったのですが」

「何? 一々報告されなければ不満なのかしら?」

「という事は、やはりアンジェリー様が対処してくださっていたのですね?」

「この店内は私の領分なんだから、これは私の職権であり義務でしょう? 処理できる事を処理したまでよ」


 フンッと鼻を鳴らした彼女に、セシリアは「助かりました」とお礼を述べる。


「正直言って『警備計画・指揮管理』セクションから上がって来るトラブル報告の量が多かったので」

「当り前じゃない。あの方たちはトラブルを探して歩くのだから」

「えぇ、ですから本当に助かったのです」


 この催しは、参加者が居なければ成立しない。

 もちろん学内で寄付をした貴族の子女たちも金券を持って来ていたようだが、それでも人口比率的に平民の参加者が多かった。

 そもそも色んな人が集まる上に、初めての催しで皆勝手も分からない。

 正直言って、人の数だけトラブルが起きる。

 

 それらを仲裁し収めるのが『警備計画・指揮管理』セクションの役割でもあった。

 それでも中には子供の仲裁に従わない者もいる。

 そういう時に出張るのが、『運営』セクションのセシリア達だ。

 時にはルールを、時には論舌を、それでもダメなら伯爵令嬢という権力を掲げ、ここまで色々と仕切ってきたが、正直言って飽和状態に近かった。

 

 素直に礼を言いながらセシリアが頭を下げると、彼女はまた鼻を鳴らす。


「ちょっと勘違いしないでくださる? この課題は、何も貴女の所有物じゃないのよ。成果は山分けなのだから、必要以上に貴女が出しゃばる必要もないのよ」


 彼女の言葉に、セシリアは思わずキョトンとした。

 しかし言葉の意図を察し、分かりにくい意訳に思わずフッと口元をほころばせる。


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