3日目(最終日)

第144話 課題の、人の、成長幅



 明けて、三日目。

 最終日の朝は雲一つない青空だった。


「今日はまた暑くなりそうですね」


 ハンツがテントの中から空を見上げながら言う。


「そうですね、スタッフたちにはちゃんと水分補給をするように伝達しておいた方が良いかもしれません」

「ここ二日間の『店運営(会計)』セクションからの売上報告を見るに、大幅な黒字ですが」

「そうですか。ではスタッフたちに、昼過ぎ頃に飲み物の差し入れを入れましょう。水と砂糖と塩は調達できるとして、近くにレモンを売っている所はありますか?」

「レモン?」


 セシリアの問いに、ハンツが首を傾げながら聞いてくる。

 水分補給に効率的な成分の話をしてやると、感心顔で頷いた。


「なるほど、いつか仕える主人や一緒に働く使用人たちが体調不良になった時に、結構役に立ちそうです」

「そうですね。覚えておくだけタダですし」


 彼の勤勉さにセシリアも頷き「それでは後で、みんなで作ってみましょうか」と提案してみた。

 すると彼も「メイド志望のノイはもちろん、文官志望のランディーも、知っていて損はないでしょうしね」と同意してくれる。


「それでは今日も会場内の見回りに行きましょうか」

「はい」


 こうして今日はセシリアとハンツの組み合わせで、会場の見回り出たのだった。



 会場内は、今日も賑わっている。


「昨日見回りがてら少し聞いてみたのですが、一般出店者たちの方も中々売り上げが好調だったみたいですよ。中には値段設定などのせいで売れ行きが良くない人たちは、値段設定やひと手間の違いがあるようです」

「ひと手間?」

「えぇ、例えば綺麗に陳列をしたり、拭いたりして被っている埃を綺麗にしたり」

「あぁなるほど」

「もしこの催しが来年もあれば、段々と素人なりに値段のリサーチをしたり、その他にも売るための工夫をするようになってくるのかもしれませんね」

「もしかしたらそれがトラブルの元や過ぎた安値戦争などにならないように、今後は何かしらの対処をしないといけないかもしれませんね。一般出店者たちは、元々不要品の処分と小銭稼ぎと交流を目的にしていますから」


 目的と手段が逆転してしまったら本末転倒でしかない。

 主催者側は貧民街の人員登用や孤児院への寄付などのボランティアの側面があるけれど、それだって結局ある程度の収益が出ないと成立しない。


 そう思えばやはり、目的を達成する為のルール作りはある程度必要になって来る。催しに手慣れれば手慣れる程、ルールの穴は付かれやすい。

 定期的に開催するなら、主催者側にも成長が必要だ。


「今後の課題として、レポートには色々な事が書けそうですね」

「自分達が作ったルールや体制に不備があった結果課題が出る筈なのに、何故かセシリア様は楽しそうなんです?」

「進歩があるのは良い事です。まだまだ成長できる幅ですよ」

「これ以上成長した一体どうなっちゃうんだか……」

「ん? 何です?」

「何でもないです」


 良く聞こえなくて聞き返したのだが、ハンツは「大したことではないので」と言って教えてくれなかった。

 少しだけ気になったが、すぐに「まぁいいか」と思い直して二人で歩く。



 会場内を見回って最後に行きついたのは、課題で出している店舗だった。

 客は常に何人かいる。

 もしかしたら売れた側から補充される売り物のお陰なのかもしれないなと頭の端で思いながら、とある少女に声を掛けた。


「最終日も盛況ですね」

「これでも初日よりはずっと手際が良くなったお陰で混雑も減ったわよ」


 いつものように鼻でフンッと笑いながら答えたのは、『商品管理・陳列』セクション長のアンジェリー。

 声を掛けて初めてセシリアの来訪に気が付いた様子の彼女は、チラリとこちらを見ただけですぐに視線を仕事をしている面々の方へと戻す。

 しかしどうやらセシリアの事は気になるらしく、彼女の隣で同じように5つの店舗で頑張る人たちを眺めていると「き、昨日の」という声が上がった。


「貴女の所の騎士の容体はどうなったの?」

「命に別状はない様です。現在は屋敷にて療養していますが、学校が終わるまでには回復するでしょう。ありがとうございます、心配してくださって」

「なっ、別に心配なんてっ! 私はただ、昨日の騒動のせいで人員を取られて被害を被ったから」

「そうでしたね、片付けに人を貸してくださり感謝します」

「フンッ、別に貴女一人がこの課題を成功させたい訳ではないのよ。必要な場所に必要な人員を割く事は、貴女だけじゃなくこの場のセクション長である私の仕事でもあるのだから」


 本当にアンジェリーは素直じゃない。

 そう思うが口には出さない。


 もしここで「ありがとうございます」とでも言おうものなら「だから私は自分の仕事をしているだけなのに何故お礼を言われないといけないのかしら?!」と逆に怒られるに決まっている。

 だから代わりに忍び笑いをしながら「そうですね」と言っておいた。


 

 二人の間に些かの沈黙が流れる。

 その間にもセシリア達の目前では、そもそもの課題メンバーではない子供達も混じって店を切り盛りしている。


 呼び込みから、商品の陳列、会計、果てにはお客さんに品物の説明までしている者もいる。

 最後の仕事は初日には無かったが、二日目に自発的にそれを行う者が出たお陰で、マイナーな品の売れ行きが上がったという報告を受けている。

 彼等も与えられた仕事をするだけではなく、自分たちに出来る事を考えてやっているのだろう。

 向上心が見えてとても喜ばしい。


「アンジェリー様の目から見て、貧民の子達の仕事ぶりはいかがですか?」


 セシリアが徐に尋ねると、一度だけチラリと視線をくれたアンジェリーはため息半分に「そうね」とゆっくり口を開く。


「仕事が粗い、言葉遣いが成っていない、その上とっても無駄が多い」


 実に手厳しい評価である。

 が、セシリアは決して悲観しない。


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