第123話 『革新派』の一角にうごめく闇 ~リッツ視点~



 ヴォルド公爵・王都邸。

 そこに呼び出されたリッテンガー商会会長のリッツは、応接間で今小さくなっている。

 理由はたった一つだけ、目の前の相手が酷くご立腹だからだ。


 ヴォルド公爵家とリッテンガー商会との間の歴史は長い。

 元々中小規模だったこの商会が大躍進した理由の大半がこの家との繋がりだ。

 商品を沢山購入いただいた事は勿論の事、商会の宣伝効果は凄まじく、公爵が他の貴族に進めてくれたことに加え『ヴォルド公爵家御用達』という看板が、そのまま業績を後押しした。


 様々な恩恵を受け、そのお陰で今や泣く子も黙る大商会。

 ともなれば、太客であり恩人でもある人の『お願い』は聞かねばならぬのが道理で。


「リッツ、お前しくじったらしいな」

「申し訳、ありません」


 ずぶずぶの関係でこれまで随分と甘い汁を済ませてもらっている手前、今更「そのお話は聞けません」とは言えないわが身を、リッツは奥歯を噛み締めて耐えた。


「折角『あの娘の困り様を見て嘲笑う』事を皆で楽しみにしていたというのに」


 その物言いから察するに、おそらくこの計画の事を近しい家に話して聞かせていたのだろう。

 それが子供相手に言い負かされて完全敗北してきたというのだから、面白い筈なんてない。


 しかしそれはリッツだって同じだった。


(どうして私が子供の、しかも女なんぞに言い負かされなければならない)


 あの時は彼女の威圧に当てられてしまったが、思い出せば出すほどに沸々と怒りがこみ上げてくる。

 しかし今はそんなものより、目の前の男の怒りの方が余程怖い。

 なんせ相手は貴族であり、公爵家の当主なのだ。

 その上元来感情に左右されやすい性格ともなれば、怖れ内容がおかしいだろう。


 震える指先を隠すように握り込む。

 あまりに怖くて、気が付けば視線は膝の上に置かれた手に向いていた。

 そんな彼に、「しかしまぁ、安心しろ」というひどく優しい声が落ちてくる。


「確かにお前はしくじったが、幸いにも当日までに時間はある。当日までに策を練れ。そして予定通り、あの催しにケチを付けろ。それこそ王族が『少なくともすぐに再度の開催をする事にはならないな』と思うくらいには」


 そうしたいのは山々だ。

 これからも甘い汁を吸わせ続ける為にも、リッツだって商品を通常よりも安い値で素人が売りさばく『フリーマーケット』なるものを許したくなどないのである。

 が。


「しっ、しかし公爵様、一体どのように――」

「そのような事、幾らでもお前が考えて片っ端から試せばいいだろう!」


 言い終わる前に強い怒号で遮られ、ビクッと肩を震わせた。

 黙ったリッツに『了承』の意を見出したのか、先程と同じ優しげな声で「頼んだぞ? リッツ」と言われるが、それに「はい」と答える声は大きく震えてしまっていた。

 この優し過ぎる声色は、こちらに対する一種の威圧だ。

 彼は何も、怒っていない訳じゃない。

 むしろ大いに怒っているからこそ「次は無いぞ?」と暗に告げている。


「エクサソリーは「今回は動かぬ」と、モンテガーノも何故か「どうせ失敗するのだから、動く必要性を感じぬ」と言ってきた。動かねばならぬとどうして理解出来ぬのか……。どちらにせよ、アイツらの鼻を明かし私の威厳と正しさは、結果を以って示さねばならん」


 そう告げた侯爵に、リッツは「……畏まりました」という言葉しか持てない。



 ***



 自らの身の安全と商会の繁栄の為に、商会へと戻ったリッツは一人部屋に籠って考える。 


 相手は精々子供風情。

 しかし先日は、正論で負け、かけ引きにも負け、実質逃げ帰ってきてしまったも同然の有様だった。

 アレのせいで、最近「学生の課題を妨害しようとしたらしい」「どうやら故意にやったらしい」「公爵家の威光を笠に着て好き勝手やっている」などという悪評がチラホラと流れていると聞く。


「くそぅ、あの小娘め……」


 思考が感情に触れそうになって、リッツは顔を大きく横に振る。

 

 そうじゃない。

 今は怒りより、どうするかを考えるべきだ。



 勿論リッツも商人だ、情報や評判が商売においてどれほど大事なものなのかも、そして積み上げた牙城が砂の城の如く脆い事はよく分かっている。

 しかし、時にそういうフィールドで戦っていたからこそ、たった一度のあの件だけでここまでの広がりを見せているのは驚きだ。

 それだけ相手が上手だったという事も、認めなければならないだろう。



 ならばこそ、どのようにして相手を出し抜き上手くやるかという話になるのだが。


「周りと少し話をして、出店者たちの辞退してもらうのはどうだろう」


 出店の頭数が揃わねば最悪企画自体が潰れるし、そうとまではならなくとも、一団体当たりの持ち場面積が増えるかもしれない。

 と、ここまで考えて顔を横に振る。


「ダメだ、手を回した事がバレたら、オルトガン伯爵家あの娘の実家だけでなく学校関係者や、最悪王族も敵に回す事になる。それはヤバい」


 きっと軒並み辞退者が出たら、あの娘が調べるに違いない。

 そしてこういうのは、つつかれたら必ずどこからか事実が漏れてしまうものだ。

 学校課題なのだから、失敗したらその理由も含めて学校に報告する事になるだろう。

 そうなれば、十中八九先程想定した場所には話が伝わってしまう。



 ならば狙うのは「よりコッソリと、シレッとルールを守る」算段を整える事である。


 少しの間考えた後、リッツはテーブルのベルをチリンとやった。

 するとじきにコンコンコンとノックが入る。


「お呼びになりましたか? 商会長」

「あぁ。今度王都で開催される『フリーマーケット』については知っているな?」

「はい、もちろん」

「ではその出店手続きに、我が商会で働き始めて一番日の浅い者を明日行かせろ」

「畏まりました」

「そして明後日は二番目に浅い者を、その次の日は三番目に浅い者を。今日から受付が終了するまで毎日だ」

「し、しかし商会長、確かあれは同じ団体での複数口の応募は禁止となっていた筈――」

「なに、ルール違反も露見しなければ無かったも同然。あちらもまさか下っ端の中の下っ端まで一人一人顔と名前を覚えている筈もない。個人の名で、普通に受付をさせればバレはせん」


 そう言っても部下の男はまだ渋い顔をしたままだった。

 しかしリッツが「俺もお前たちも、しくじれば未来はないぞ」と告げると、しぶしぶといった感じで「承知しました」と頭を下げる。


 

 これで良い。

 問題ない。

 バレる筈がない。

 指示の為に部下が去り誰もいなくなった室内で、彼はそう自答を繰り返したのだった。


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