第122話 アリティーは、それでも願わずにはいられない



(どちらにしても、陛下に借りを作る事は是非とも避けたい)


 変に借りを作ってしまえば、あとでどんな面倒事を要求されるか。

 もしかしたらアリティーとの縁談話が再燃する可能性だってある。

 自分のしたい事だけをして、優雅でゆとりのある生活を送りたいセシリアにとって、それは最も避けなければならない事態だ。


 そして何より、コレはあくまでも学校の課題なのである。

 せっかくみんなで協力して頑張っている所に権力者の手が急に伸びて来たのでは正直言って興ざめだし、後の誰の為にもならない。


「ご厚意感謝いたします」


 セシリアはにこりと微笑んで告げる。


「ですが問題ありません。国王陛下には既に『お墨付き』を頂いている時点で、大いに助力を頂いておりますから」


 「必要ない」という言葉は使わない。

 が、暗にキッパリとそう告げれば、陛下からまた「そうか」が返って来た。


「ならば良い。引き続き励めよ」

「ありがとうございます」


 こうしてセシリア達の謁見はつつがなく終わりを告げた。


 

 セシリア達4人が謁見の間を出た後、しばらくして。

 広い室内にはクツクツというくぐもった笑いが響いていた。


「ですから言ったでしょう? 父上。セシリア嬢はこちらに助力は求めないと」

「うむ、確かにその通りだった。が、何故助力を乞わないのか。学生だけでやるには限度があるのだし、現に『革新派』の一部が抑え込めていなかったのに」

「まぁそれには色々と理由があるのでしょうが……」


 そう答えたアリティーの脳裏には、今幾つかの理由が思い浮かんでいる。

 どれもおそらく大きく外れていない憶測だろう。

 そしてだからこそ、彼女は絶対にこの父親の手を取らないと最初から確信していたのだ。


「しかし本当に良いのか? 裏で手を回さなくて。あの娘は政治的に有用だし、頭脳も企画力も諸々がずば抜けている。将来国のどこかには欲しい人材だろう。その中にはお前の隣という選択肢だって存在する。今の内に借りを作っておけば、如何様にも――」

「いけませんよ、父上」


 ここで借りを作る事をまだ諦めきれない様子の父に、アリティーはピシャリと告げる。


「セシリア嬢が望んでいない以上、余計な事をしてしまえば必ず倍以上のしっぺ返しになる事は、父上も既に身を以って体験なされているでしょう? 一体どこから調べてくるのか、そうでなくとも彼女の『耳』は良く聞こえるみたいですから、コッソリ画策したところでバレてしまうのがオチですよ。それに――」


 そう言って、彼はまるで愛おし気に空を見つめながら微笑む。


「借りとは、相手が欲しい時に作ってこそ最大限の効果を発揮するのです」


 セシリアは、少なくとも王族に対する借りを「何でも言う事を聞く権利」であるかのように捉えている節がある。

 つまり彼女が改まって借りを作りにやって来る時、それはすなわち「たった一つだけどんな要求にも答える権利を譲渡する心づもりが出来た」事を意味するのだ。


「私はね、父上。セシリア嬢には嫌われたくないのです。だから彼女が自ら望んで手に入りに来てくれる事が、今最大の夢なのですよ」

 

 そんな思考でいる事自体が、彼女がアリティーに大きな借りを作らない理由なのだという事を、彼自身ちゃんと理解している。

 しかしそれでも願わずにはいられないのである。

 それ程までに、アリティーにとってセシリア・オルトガンという人物は特別なのだ。


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