第119話 生憎と私、効率主義なので



「それにしてもアンタ、やっぱり周りを巻き込むのが上手いな。とりあえず話を聞くだけって感じで来たやつも、もう結構その気になってる」


 そんな言葉で、セシリアを労ってくるグレン。

 対する彼女は「何人かは帰っていましたけどね」と軽く返す。


「元々全員なんて期待はしていなかったんじゃないのか?」

「大切なのは量より質だとは思っています。ついでに今回の脱落者数は勿論のこと、今後の脱落者数やそのパターンについても有益な統計データとして扱わせていただきますよ」

「『どんなものも無駄にはしない』って? ハッ、良いねぇ貪欲で」


 結構好きだぜ、そういうヤツ。

 そんな軽口をたたく彼に、メリアはきゅっと口を結ぶ。

 彼女からすると主人に対する彼の言葉遣いが酷く不服なのだろう。

 それでも口を結ぶに留めているのは、セシリアが事を荒立てるのを良しとしていないからに他ならない。


 そんなメリアの小さな努力を密かに知りつつ、セシリアはグレンに礼を述べる。


「実は今日、何人かから『こんな上手い話は信じられない』というような声が聞こえるかと思っていたのですが、グレンさんが手を回してくださっていたのですね。ありがとうございます」

「まぁそれは俺が紹介するんだし、やって当然というか」


 照れ隠しなのか、顔をプイッと背けて言ったグレンに対し、セシリアは「グレンさんってこう見えて意外に義理堅いですよね」と心の中で独り言ちる。


「貴方に他の方の紹介を頼んで良かったです」


 ポツリとそう言葉を零せば、彼はそっぽを向いたまま「それは、全部上手く行った後にもう一度聞かせてほしいところだな」と口を尖らせる。

 もしかすると、まだろくな仕事もしていない現状で評価されるのが不服なのかもしれない。


 セシリアは、その心意気に「確かにそれはそうですね」と小さく答えた。

 そして決意を新たにする。


「真正面から堂々と貴方にお礼を言う為にも、フリーマーケットも貴方方も、ちゃんと守らせていただきますよ。――我が、オルトガンの名にかけて」


 一種の誓いのようなこの言葉を、グレンは「お貴族様の名を掛けるなんて大仰な事だ」と言って笑う。

 が、セシリアは、そして彼女を良く知る従者たちは、この言葉が大の本気だと知っている。


 そういう決意と責任を抱く事が、そして本当に自身の行動に自身の将来の悪評を掛ける事が、『貴族』の義務だとセシリアは幼い頃からずっと教えられている。

 故に彼女はそれを全く疑問に感じないし、その名に恥じない自分であれるようにと最大限動くのだ。


「自分の領地も資金も持たない私が掛けられる物なんて、精々私の名――つまり、私自身と家のプライドくらいのものです」


 そう言って微笑む彼女に、グレンは最初こそ茶化す色を目に浮かべていたが、すぐに本気を悟ったのだろう。

 今度は訝しげな顔になる。


「なぁ、何でこんな事にプライドなんて掛けるんだ? 別にそんなもんの掛けなくても、失敗したらその都度目撃者の口を封じればいいだけだろ? 俺達なんて高が貧民だ。そういうの、お貴族様は得意だろ?」


 言っている事はかなりの暴言、しかし実際にあり得る事でもあるから笑えない。


 それだけ特権階級は、ただそうであるというだけで力業で誰かの口を封じられる。

 もしかしたらグレン自身、そういう事態を実際に見聞きした事があるのかもしれない。


 そんな彼に、セシリアはゆっくりと目を閉じた。

 そして一息ついた後に、「もし私がその手段を前提に物事を考えて何かを行ったとしてですけれど」と前置き語る。

 

「その場合、一体どこまでの方の口を封じれば良いのでしょう。この王都の貧民全員? どこかで見聞きしたかもしれない平民も? しかしここを発った旅商人も、何かを知っている可能性がありますね。ならば近隣の町々も? キリがありません」


 そんな事をしていたら、いつの間にか私は国民全員の口封じをしなければならないかもしれません。

 そんな風に笑った彼女に、グレンは苦笑しながら「物騒な事だな?」などと言う。


 自分で物騒な話を振っておいて今更な事だが、そうと分かっていてもセシリアは敢えて言わない。


「私、結構臆病者なのですよ。ですから行き当たりばったりな口封じは、性格的にそもそも向かないのです」

「もっと『人の命は何よりも大切』とか言うのかと思った」

「それは最もな意見ですが、生憎と私、効率主義なのですよ。人の命云々以前に、そもそも口封じなどという果てしなく面倒なやり方を念頭に行動なんてしませんよ」


 ため息を吐きつつ、彼女は自分にとっての当たり前を「今更言わせるな」というスタンスで語る。

 それにグレンは「なるほどな」と言ってニヤリと笑った。


「お陰でほんの少しだけ、アンタという人間が分かった気がする」


 そう言った彼は、どういう人間だと思ったのかは語らない。

 しかしセシリアも、それを詮索する気はない。


 ただ、とりあえず納得した様子の彼に「そうですか」と答えつつ、ランディーの真面目な仕事ぶりを遠くから眺めるのだった。


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