第104話 緊急招集
休み明けから3日目。
フリーマーケットの寄付・出店窓口を始めてから同じく三日目のその日、セシリアを始めとする各セクションのリーダーたちは緊急会議を開いていた。
元々明後日開く予定だった会議に先立って放課後のテラスにリーダー4人が集まったのは、もちろんトラブルがあったからだ。
それでも些細な事であれば、2日くらい共有するのを待っただろう。
そうしなかったのは、そうする事の危険性をセシリアが強く感じたからだ。
「皆さん、お忙しいところ時間を取っていただきありがとうございます」
上がって来た報告、もとい相談に緊急招集を決めたセシリアが、4人を見回しながらそう言う。
すると丸テーブルの正面に座るアンジェリーが、フンと大きく鼻を鳴らした。
「早く済ませてよねっ、こっちだって忙しいんだから」
口調がきついのはいつもの事だが、少し焦り……否、苛立ちが見て取れるのは、おそらく置いてきた現場への心配心からだろう。
しかしそれは仕方がない。
何しろ現在、彼女要する『商品管理・陳列』セクションは大盛況といって差し支えない状態なのだ。
プライドが高いアンジェリーは、同じくらい任されたことへの責任感も持っている。
これこそ彼女の美徳なのだから仕方がない。
「分かっています。『商品管理・陳列』セクションのリーダーは、まだ受け付けが慣れ切っていない状態で寄付品の持ち込みが増えてくる、今が正念場ですからね」
微笑みながらセシリアが頷いてそう言えば、彼女はまたフンッと鼻を鳴らしてきた。
そして目の前に用意された紅茶を一口コクリと口に含んで、少しだけ目を見開いた。
今日の紅茶はセシリアが、彼女の苛立ちを予測した上で彼女の好みをゼルゼンに淹れてもらっている。
好みの銘柄を、既に紅茶ごとに最適な淹れ方を実演できる伯爵家・筆頭執事の弟子が淹れたのだ。
口に合わない筈がない。
コクリ、コクリ、コクリ、コクリ。
驚きを映した瞳がリラックスに緩む様を見て、誇らしさと満足感に口角が上がる。
後ろに相コンタクトを取れば、彼は執事然とした目礼でそれに答えた。
が、どうやら今回の当事者は、アンジェリーにきつい言葉を向けられたセシリアを慮ってくれたらしい。
「すみません、アンジェリー嬢。我がセクションのせいで急遽招集する事になったのです」
言ったのは、青服――『警備計画・指揮管理』セクションリーダーの男だ。
流石は騎士科というべきか、この手の人間にありがちな奔放か堅物かの二極化の内、後者の傾いている男らしい。
変に深刻そうな顔が、彼の実直さをそのまま表しているかのようだ。
そんな彼に口を挟んだのは、『店運営(会計)』セクションの男子生徒だ。
「ロンだって、リーダーとしての義務を果たした結果だろ? トラブルは必ず、抱え込まずに共有する。早期発見・早期解決の精神に則った結果なんだから、むしろ有用な事をしたんだよ君は。だから恐縮する必要は無いと思う」
「トンダ……」
「むしろ、トラブルが起きたのはついさっき。その後すぐにセシリア嬢に話が行って、その日の内に会議だなんて。僕はその迅速さこそ、評価したいと思ったよ。これぞ貴重な時間を無駄にしない為のプロセスさ」
同じ男爵子息同士・男同士という事で入学以前から交流のあったこの二人のやり取りに、セシリアは思わずフッと笑う。
この二人の良いところは、友達だからと甘い判定にならない所にあるだろう。
「なるほど、『時は金なり』という事ですね」
実に商人科の生徒らしい考え方だ。
そう思いながら浮かんだ言葉を口に出せば、トンダが「ふむ、それは?」と聞いてくる。
「東の国のことわざですよ。主に『時間を無駄にする暇があったら働け』という意味で使われますが、逆に『時間を有用に使う事で得をした』と言いたい時にも使います」
「なるほど、面白い言葉ですね。覚えておきます」
そんな話をしていると、アンジェリーが少しいじけたように言う。
「私だって、別に招集されたこと自体を不当だとは思ってないわよ。そもそもこのリーダー召集を決めたのはセシリアさんであって、何も貴方ではないんだし」
『貴方』と言いつつロンを目で指し、彼女は「それに」とつっけんどん気味に言葉を続ける。
「そもそも、セシリアさん程『時は金なり』精神が似合うような居ませんし。どうせ緊急性を要するんでしょ?」
「できれば『拝金主義』ではなく『効率主義』だと言って欲しいところですけれど」
「どちらでもいいわ、結果は変わらないだろうし。それよりも、さっさと話を始めてくれない? 私、今正に『時は金なり』の状態なの、もちろん前者の意味でだけど」
少し可愛らしさが覗く表面上だけの不機嫌に、セシリアは思わずクスリと笑いつつ「分かりました」と応答する。
誤魔化すようにまた鼻を鳴らされたが、気にしない。
アンジェリーは今のこのやり取りを『時間の無駄だ』と暗喩したが、セシリアは何もそうは思わない。
だって今のやり取りがあったお陰で、ロンの緊張が少し溶けたのだから。
対等かつ建設的な話し合いをするには、後ろ向きな緊張感や負い目などは邪魔なのだ。
正に、『時は金なり』。
――もちろん後者の意味でだが。
どちらにしろ、アンジェリーだけじゃなくトンダだって、出店受付の現場を副リーダーに任せてきているのである。
時間はそう無駄に出来ない。
早速本題に入る事にする。
「実は先程、ロンさんの下に『貢献課題の警備係に自分も入れろ』という方が来たのです。――些か高圧的な態度で」
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