第94話 お菓子休憩で見えた成果
「お姉様、これってもしかして……?」
「えぇ。今年の社交界デビューさせる例のオレンジを使ったケーキレシピを、カップケーキ風にアレンジしたの。ケーキをお披露目した後に、こっちも街で市場デビューの予定なの。社交界デビューの後になるけどね。だから、皆さんには試作品のお裾分けよ」
未公開品をこんな準公の場所に持って来て本当に大丈夫なのだろうか。
セシリアはそんな風に思ったものの、「きっとこれもマリーシアの何かの策の片鱗かなんかなのだろう」とすぐに思い直して笑う。
「ありがとうございます。みんなで美味しく頂きますね」
そう言って辺りを見回して、室内全員に「ちょうどいい時間ですし、みんなでお菓子休憩にしましょうか」と呼び掛けた。
するとどこからか「じゃぁ紅茶を淹れよう」という声が聞こえて何人かが準備に走り、別の所から「じゃぁその間にちょっと片付けようか」という声が聞こえる。
卓内からも執事科とメイド科の生徒が一人ずつ「自分たちも」と言い置いてサッとこの場を辞し、平民ばかりの黒服たちの中へと混ざった。
さも当たり前のような光景だけど、普通は貴族、それもまだ未就業の使用人たちはプライドが邪魔をして平民の中には進んで混ざりたがらないと聞く。
その辺はゼルゼンやメリアの体験談なので確実だ。
それを何の抵抗もなく行う事は、ただそれだけで「良く出来ている」とグループ内を自画自賛したくなってしまう。
改めて室内を見回してみれば、この部屋には黒・青・紫・黄・緑色、そして赤。
色とりどりの制服が一堂に会している。
四つに分けたセクションは、その特性に応じて同じ色が所属している事もある。
作業中だった事もあり、彼らは所々同色で固まってとりあえずの片づけをしたり、キリの良い所まで作業をやってしまおうとしたりしている。
しかし手の空いた者が他の片づけを手伝ったり、色をまぜこぜにしながら互いに労いあったりしているのも見ると、何だかひどく感慨深い。
「フンッ。少なくとも、顔合わせ当初ではあり得ない事だったわね」
いつの間に来ていたのだろう。
隣でアンジェリーがそう、面倒くさげに鼻を鳴らす。
アンジェリーだってそうだ。
最初こそ頑なだった彼女だったが、最近では憎まれ口でこうして話しかけてくれるようになった。
ソレだけじゃない。
例えば文系の官吏科と体育会系の騎士科、将来街で生計を立てるつもりの商人科と田畑と向き合い泥にまみれながら邁進する予定の農業科には、それぞれ心的な亀裂があったりするらしい。
しかしそんな素振りは、少なくともここから見ている分には見えない。
もしかしたら取り繕っているだけかもしれないが、そもそもがそれさえしない間柄というのが普通なのだから十分上手くやっているし、「日々協力し合った結果得た、互いの個性を認め合った間柄かもしれない」と思える事それ自体が、何だか無性に嬉しくも思える。
口元が、独りでに綻んでしまう。
と、後ろならクスリという笑いが聞こえ、柔和な声がセシリアの鼓膜を優しく撫でる。
「『セシリーがまた変わった事をしているらしい』って学校中の噂だし、その話を帰ってしたら皆が皆、しきりに探りを入れてくるし。どんなものかと思って覗きに来たのだけれど、どうやら上手くやっているようね」
良い報告が出来そうね。
そう言った彼女にセシリアが聞く。
「もしかしてマリーお姉様、お父様やお母様に報告する為に今日様子を見にここへ?」
「お兄様もだし、ついでに言ったらゼルゼン達の同期まで、どうやらソワソワしていたみたいよ?」
「……それは申し訳ありません」
側仕えでもないというのに、ソワソワしている所をまさか主人に悟られるだなんて。
そう思えば、恥ずかしすぎて思わず頭を抱えたくなった。
が、流石にここでそれは出来ない。
「せめて」という気持ちで謝罪すると、笑いながら「セシリーは本当に愛されているわよね」なんて言われてしまう。
その子ども扱いをちょっと不服に思いながらも、セシリアはマリーシアの瞳を見据えて言う。
「マリーお姉様も最終学年、直接私の頑張りをその目で見てもらえる最初で最後の年ですもの。私たちの貢献課題、ぜひ期待していてください」
「えぇ、楽しみにしているわ」
そんなやり取りをして互いに信頼の笑みを交わしてから、視線を二人して部屋へと戻す。
そこには、嬉しそうな顔でティーカップとカップケーキを一つずつ受け取る面々が居る。
セシリアは一歩前に踏み出して、室内を見回しながら口を開いた。
「余暇が終われば、私達の課題も正念場に突入します」
寄付品の募集。
警備要員の募集。
出店希望者の募集。
そして、貧民街とのあれやこれや。
これまではあくまでも計画であり、ここからはやっと実務を伴う準備が始まる。
きっと今までの練りに練った机上の空論が上手く行かない事もあるだろう。
しかしきっと大丈夫だ。
「初めての試みに不測の事態はつきものですが、幸い私たちは一人ではない。各々、連絡は密に。そして互いに助け合う事を恐れずに。楽しみながら、頑張りましょう」
セシリアのそんな呼びかけに、みんながそれぞれワクワク顔で頷いた。
そんな彼らをセシリアの姉は、優し気な姉の顔で見つめていた。
そして結局みんなからカップケーキの感想まで聞き出して、大収穫にホクホク顔で姉は退散したのだった。
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