第31話 心当たりが見つからないので



 セシリアに挑戦状を突き付けてきた彼女の瞳は、この国でも特に珍しくも無い紫色だ。

 が、黒髪黒肌となればそうも言っていられない。


 その色合いも、そして少し堀が浅めな顔立ちも異国人の特徴で、だからこそ思い出すまでもなく彼女の名前が頭に浮かぶ。


 

 スイ・ティンバード。

 『革新派』に属するティンバード子爵家の長女であり、確か『官吏科三年』に所属している生徒の筈だ。


 セシリアと特に交流がある訳じゃないが、彼女はとても有名だ。

 男女問わず、貴族と平民問わず好かれている希少な人物であるという事で。


 その理由は明白だ。

 彼女が稀に見る正義感の持ち主だからだろう。



 彼女は「正しい言は正しいし、間違っている言は間違っている」とキッパリ言えるような子だ。

 そう言うと一見敵も作りやすいように思うかもしれないが、彼女はそれらを差別せずに行うから評価が高い。


 身分や性別だけじゃない。

 彼女は普段からの素行の良し悪しでだって、物差しを変えたりしない。

 悪い言動をすれば敵になるけれど、良い言動をすると無条件で味方になってくれる彼女は、実に良い事のし甲斐がある人だろう。


 だからこそ、最初は反発したとしてもやがてそんな彼女に惹かれる。

 言動の不良者が改心するなんていう事は、彼女の前では珍しくない。



 そんな彼女が、こんな人が沢山居る場所で、大声で言った言葉である。

 その上言葉を浴びた相手は最近、平等問題云々で何かと話題に登る、賛否両論のある人物だ。

 周りの視線が一気に集まるのも道理だった。



 対してセシリアの御付きたちは即座に警戒体制へと入った。

 「セシリアが喧嘩を売られた」と認識したユンは、役割柄もあるだろうが集まる視線に警戒の目を光らせて。

 「これはセシリアが何かやらかすフラグだ」と思ったゼルゼンは、主人の動向に気を配り。

 「明らかに何かが始まりそうな予感だ」と感じたメリアは、しかし敢えて静観の構えを見せて。


 メリアだけは立ち位置を振り返ったセシリアの後ろ側に変えたので、従者たちは意図してなのかどうなのか、逆三角形になる形でセシリアを囲む事になる。


 そして守られるようなその位置取りに気付いていながら何も言わないセシリアは、ただ目の前の相手を冷静に吟味していた。




 少なくとも彼女の評判を聞く限りでは、彼女は決して理不尽に人を貶めたりしない。

 

 が、残念ながらセシリアには彼女が言う「非道」に思い当る節が全く無い。

 結果的に伯爵令嬢・セシリアの評判を下げる事に至っているという事実がある以上、その評判を手放しで信じるなどできる筈もなく。


(一体どんな思惑が……?)


 そう勘繰らずにはいられなかった。


 となれば、返すべき言葉は決まっている。


「一体何の事ですか? スイ・ティンバード子爵令嬢」

「そう。貴女、私の事を知っているんですね? だけど私は、権力には屈しません!」

「そういう意味で言ったのではないのですが……」


 どうやら彼女は今の言葉を爵位マウントだと思ったようだ。

 しかしセシリアは単に、一種の社交辞令として正式敬称で呼んだに過ぎない。


 はなから喧嘩腰の相手に対してセシリアも少し軽率だったかもしれないが、少し思い込みが強いように見受けられる。

 少なくとも、今の彼女はあまり冷静ではないようだ。


 セシリアからすると今のところ彼女は、「わざわざ言いがかりをつける為に突っ掛かってきた面倒な令嬢」でしかない。



 が、いつまでも彼女から偏った敵意を向けられているのもすわりが悪い。

 セシリア自身に彼女からそんな事を言われる心当たりが無い以上、まずはそこから現状把握に努めよう。


「レイ先輩。申し訳ないのですが私には、貴方にそんな事を言われる心当たりが無いのです。ですから一体何の事を言っているのか、まずは教えてくださいませんか?」


 ここで相手の気持ちを無用に逆撫ですれば、情報が得られない。

 だからセシリアはなるべく穏便な口調で、呼び方も爵位的なものではなくそれでいて歳上を敬う事のできる『先輩』へと切り替えて告げた。

 

 するとその影の配慮が実って、やっと彼女が答えてくれた。

 が。


「それはもちろん、我が妹・アンジェリーとその母親を、公衆の面前で貶めた事についてです!」


 その言葉に、セシリアは思わず言葉を詰まらせる。

 

 都合の悪い事を言われたからじゃない。

 ツッコミどころ満載すぎて」どうしたものか」と思ったからだ。


「あの、『アンジェリー』とは『アンジェリー・エクサソリー伯爵令嬢』の事で間違いないですか……?」

「それ以外に一体誰が居るというんです!」


 セシリアの質問を勝手に買って言い返す彼女に、セシリアは心中で「いやいやもしかしたら私が知らない『アンジェリー』さんの事かもしれないではないですか」と独り言ちる。


 セシリアは父親の教育でほぼ全ての現存貴族の名前とその関係性を諳んじる事が可能だが、ここに通っているのは何も貴族だけじゃない。

 そして彼らの事はまだ、完璧に把握も出来ていない。

 だから「アンジェリーという人物が他にいる可能性」も考慮したのだが、どうやら彼女が言う『アンジェリー』はセシリアも知っている彼女の事だったようだ。




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