第23話 仮面の客人
一通の手紙に
その客が普通ではないということは、ラトのように鋭い
客人は
だったら軍人なのかというと、どうもそういうふうでもない。彼の首に巻かれた白いレースの
この
ラトはというといつも通り
まあこの場合、
どうみても怪しい客を家に入れる決断を下したカーネリアン夫人の英断をこそ
異様な
「なあ、ラト。あの客人が何者であれ言っておきたいんだが――」
すると、客人は耳ざとくそれを聞きつけ、クリフに杖を突きつけて
「そこの君。君はパパ卿が
それは仮面の中で反響し、ひどくくぐもった声に聞こえた。
ずいぶん
「失礼しました、依頼人。こちらはクリフくん。僕の相棒で、探偵は僕です」
「君は彼より
そう言って依頼人はようやく
クリフはラトの言葉を否定するついでに、向かい合って並んでいる二人の頭を金づちを持って順番に
「ふむ……」
ラトはソファのひじ掛けに両肘を置き、重ね合わせた両手の向こうに依頼人を見
「クリフくん。君はおそらく、親切にも依頼人が身につけている勲章や
クリフは憂鬱そうな表情で
もちろん胸のまわりにゴテゴテとぶら下げられた飾りだってその例外ではない。
どんな種類のものをどんなふうに並べるかは
しかし客人の上着に飾られているものは、てんでデタラメだった。
彼の勲章の意味をひとつずつ読み解いていくと、この人物はいくつもの大規模な戦争で
「ああ、さっきまではそのつもりだった。でも今は暴力と闘争について考えてる」
「考えるだけに
「自分の正体を隠すだって? 何故そんなことを……」
「もちろん僕を試そうとしての行動だろうね」
ラトはクリフに手紙を渡した。
クリフはその内容を改めた。
これでクリフにもようやく、この
依頼人とやらはラトの観察眼を試している。
ラトに自分の正体を見抜ける力があるかどうかを探っているのだ。
だから名乗りもず、顔もいっさいみせず、
「隠しているつもり、とはなんだね。いったいどういう意味なんだね。それでは君はすでに、私が何者かわかっているとでも言いたげではないか?」
客人はラトの態度に明らかに気分を害したようだった。
「ええ。本当のことを言うと、あなたがカーネリアン邸の
ラトは何でもないことのように言った。
「そのことについて話してもいいのですが、ただ、あなたのプライドを傷つけないかどうかが心配です」
客人とクリフはそれぞれ違った反応をした。
客人は
「ラト、お前さんには、あれだけ
「もちろんだとも。あの変装は、彼の正体をまるで隠せていない。それどころか、変装そのものが彼の正体を
「俺にはさっぱりわけがわからない。いったいどういうことなんだ? 仮面やあの
「彼は変装によって主に上半身を隠そうとしているね。顔や、上半身をね。それは依頼人の《
ラトは依頼人の足元を
「――――足?」
「そうだ。人間を腰のあたりで二つに分けると、上半身よりも下半身のほうがより多くのことを語ってくれるんだよ」
ラトの自信が確かなものだということがわかると、客人は
「いいだろう、話したまえ。本当に私が何者なのかわかっているというのならな。無礼を許そう」
「では、ずばり言わせてもらいます。あなたは人間ではありません」
あまりにも
「はあ? 何を言ってるんだ、ラト。
しかしラトはいつも通り平静そのものだ。
「僕は事実を
「馬車の音……?」
クリフは帰宅したときのことを思い返してみた。
たしかにクリフたちが
それどころか、この客人が来訪したときはほとんど無音に近かった。
「そうだとしたら、彼が
「依頼人がはいているズボンを見たまえ。知ってのとおり、今夜は雨が降っていたんだよ。もしも依頼人が宿屋街のいちばんいい宿に部屋を取り、そして徒歩で移動したのだとしたら、どんな
「だとしたら、大きな
むきになったクリフの言い分をラトは半笑いで聞いていた。
いかにもくだらないと言いたげだった。
「では靴の裏をみせて頂けますか、依頼人。どれだけ慎重に傘をさして歩いたとしても雨の降る中で移動すれば、靴の裏に泥がつくものですからね」
依頼人は黙りこんだまま、ブーツの底をしっかり床につけたまま動かない。
ラトはうしろを振り返り、
「モーリス、少しだけ君の意見が聞きたい。玄関マットや廊下は依頼人の
「いいえ。お客様の靴底は大変清潔でいらっしゃいました」
ラトは勝ち
「だが、それだけで人間ではないというのは……あまりにも
クリフが苦し
「わかっているじゃないか、クリフくん。もしかして、僕と行動を共にすることによって君にも観察眼というものが身に
「俺が馬鹿げたことを言っているとわかっていて、嫌味なやつだな」
「ちがうよ。まさに君の言う通りなんだ飛躍だよ、クリフくん。こちらの依頼人は、まさしく飛躍したんだ。空を飛んでこの屋敷を訪れ、玄関の前で人間の姿に変身したんだよ。だから靴の裏に泥がついていないし、服が雨に
ラトの推理は、ますますクリフを混乱させた。
「夢物語じゃないんだぞ。そんな馬鹿な話があるもんか」
「そんなに僕の話が
仮面の依頼人は、くぐもった声で訊ねた。
「――――なるほど。君がわたしの正体を知っているというのは、はったりではないようだ。君は材料は二つあると言ったが、ひとつが馬車の音だとして、もうひとつの決め手は何なのだね?」
「先ほども言ったように、人の特徴というものは上半身よりも下半身によく出るものなのです。これは僕の考えではなく偉大な先人の知恵といったところですが、その
クリフは失礼だとは思いながらも、まじまじと客人の
「まっすぐで、どちらかといえば美しい
「長さに
「足というのは、両足が同じ長さなものだろう?」
「いいや。大勢の人はそう思い込んでいるが、仕立て屋や靴屋にとっては両脚の長さがぴったり同じで、完全な左右対称にできてる人なんていないというのは常識だ。テーラーメイドを仕立てるのに、体の半分だけの長さを計測する職人なんてこの世にいるだろうか? いるわけない。人間は
依頼人はすっかり黙りこんでいた。
それはラト・クリスタルの観察眼が噂に聞いていた以上のものであり、いたくプライドを傷つけられたからだろう。
「クリフくん、紹介しよう。こちらの方は大陸に
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