第57話 大宮皐 ①

 ―― 大宮皐視点 ――

 

 

 こちらに背を向け、颯爽と走り去るソウタ。ダンジョンに入ってからここまでの長い距離、私とリサの荷物を全部背負ってもらったというのに息一つ上がっていない。

 

 これから多くの冒険者に被害をもたらした悪名高いオークロードと対面するというのに、微風が靡くような平常心を保っている。一体何者なのだろうか。

 

 初めて成海颯太という人物を意識したのは確か――

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 休憩時間になるとEクラスのクラスメイト達は、寮のルームメイトや中学時代からの知己を中心に親睦を広げるべく、コミュニケーションに精を出す。

 

 それは単に友達が欲しいからというだけではない。人脈を駆使し少しでも良い仲間を集め、強いパーティーに身を置くことは自分の成績を左右するのだと誰もが知っているからだ。

 

 ホームルームが終わっても、学校の出来事や生徒の情報収集に余念がない。誰々が強くて誰と組んでいるのか、誰がどのスキルを持っているか、試験や大会にはどういったものがあり、どう臨むのか。そういった情報を集めて虎視眈々と少しでも良い条件の居場所を探していく。

 

 するとどうなるかというと、赤城君や磨島君のように強い人がいるグループに近づこうと画策するようになる。かく言う私もリサと一緒に赤城君のグループに接触したことがあったのだけれど、固定パーティーを組んでいるようで思うように入り込めなかった。磨島君には一度声を掛けられたけど未だ関係は進んでいない。

 

 そんな感じでクラスメイトは必死になってコネクション作りのために鎬を削り、奔走しているというのに、一番後ろの席でぼーっと窓の外を見ているだけの太った男子生徒がいた。それがソウタだった。

 

 いつも物静かで誰かと話していることもほとんどないけれど、影が薄いとか目立っていないとかではない。逆にクラス内ではちょっとした有名人になっていた――悪い意味で。

 

 只でさえ最下位での入学なのに誰とも仲良くなろうとはせず、放課後になればすぐに帰ってしまう。その上ダンジョンに入ったかと思えば小学生でも勝てると言われているスライムに負け、Eクラスどころか学校中から“冒険者学校史上最弱”と悪評を付けられてしまった曰く付きの生徒。

 

 そんな彼を見て、口さがないクラスメイト達は下卑たあだ名で呼び、眉をひそめて悪口を隠さない。優秀なスキルを持っているわけでもなく、肥満のためまともにダンジョンダイブができていないと判断された彼は、誰からも声を掛けられることはなく、ますますクラスから孤立していく。仲間とのコネクションが重視される冒険者学校生活において、それは致命的なことだ。

 

 誰とも組んでもらえなければソロでダンジョンに入らざるを得ず、そんなことができるのは精々が3階くらいまで。彼の学校生活は半ば詰んでいる、足手まといには関わりたくない、とクラスメイトの間では専らの噂だ。


 だけどみんなの考え方は浅い。これからクラス対抗戦や闘技大会に向けて上位クラスと厳しい戦いをしていくというのに、仲間外れなんてしている余裕などないというのに。分かっているのだろうか。

 

 強さだってこれから十分挽回できる機会はあるし、まだ入学して間もない時期に評価を決めてどうするのか。それに、彼は授業態度も真面目で学力も高いことを踏まえれば悪評されるような人ではないと思う。

 

 それらを確かめたくて私は勇気を出し、オリエンテーションの時にパーティーに誘ってみたことがある。周りからは「手を差し伸べてあげた」とか「優しいね」とか言われたけど、そうではないのに。

 

 ルームメイトのリサも彼のパーティー加入にそれほど反対せず、むしろ受け入れていることには少し驚いた。彼女はのんびりした性格に見えるけど妙に鋭く、冷静な一面があることも知っている。何か考えがあったりするのかもしれない。

 

 それで彼と話してみて分かったのは、思っていた以上に理知的で思慮深い人だということ。それなのにコミュニケーションを取らないのはその能力がないからではなく、クラスメイトや自分の悪評に興味がないだけなのだということ。他人がどうとかは関係なく、確たる自信を持って動いているかのようだった。

 

 だとしてもソロでのダンジョンダイブに限界があるという事実は変わらない。その限界が早々に来てしまうことも。だから私が誘ったことを機に、クラスに溶け込める導線になれば良いな、と思っていた。

 

 オリエンテーションで仲良くなったのだから次の日から私達の中に割って入って話しかけてくれるかなと期待していたけど、彼はそんな素振りは見せず学校が終わるといつものようにすぐに帰ってしまう。

 

 本当に一人でも問題ないのか。端末で彼のレベルを見てみてもレベル3からちっとも上がっていない。そのことからも3階付近で苦戦していることが読み取れる。

 

 もしかして私を仲間にするほどの魅力を感じて貰えなかったのだろうか。それとも他に組む相手がいるのだろうか。

 

 

 

 ――だけど、もう彼を心配するどころではなくなってしまった。Eクラスに対する悲惨な実態が露になってきたからだ。

 

 まずは部活動勧誘式での出来事。上位クラス全ての生徒から罵倒を受け、私達Eクラスが実は見下されていたことを理解させられた。憧れていた部活に入っても下働きしかさせてもらえないという。そのことにクラスメイトは絶望し、暗闇が教室を支配した。

 

 その後にあったDクラスとの決闘騒ぎはさらに深刻だ。クラスメイトの赤城君は無慈悲な暴力を受け、私達はEクラスの先輩方が作った部活に入ることを禁止された。それから遠慮がなくなったのか、Eクラスの教室内に入ってきてはクラスメイトをからかい貶めるようなことも増えてきた。

 

 同じ学校の生徒なのにどうしてこんな酷いことができるの。冒険者学校は強さこそが絶対だっていうのは知っていたけど、強くなろうと努力する人の芽を摘んで何になるというのか。学校も見て見ぬふりをしている。もう何が何だか分からない。一寸先も見えないような暗い日々が続いていく。

 

 全てを投げ出してしまいたい気持ちになることもある。だけど、冒険者学校に入れてくれた両親の期待は絶対に裏切りたくない。クラスメイトの思いも頑張りも未来も無駄にしたくない。


 同じ思いをする仲間と深夜遅くまで話し合い、泣いて議論して葛藤して、また泣いて。それでたどり着いた結論が私たちのための部活を作るってことだった。早速申請してみたものの、Eクラスに対する根深い差別意識がある生徒会がそう簡単に話を聞くはずもなかった。

 

 その対策を練る過程で、また“彼”と一緒になったのだけど。

 

 入学式のときと比べて随分とスリムに、そしてなんだか頼もしく見えるようになっていた。葛藤し苦しむクラスメイト達の姿とは違い、飄々としていて捉えどころのない雰囲気はそのまま。リサもそんな感じだけど、ソウタは超が付くほどのポジティブ思考なのかもしれない。

 

 そこからストレス解消に一緒にダンジョンに潜ることになり――そう。ここまではおかしいことはない。

 

 それがいつからか美味しい狩場の話になって。契約魔法書の話になって。遂にはゲートとかいう眉唾物の話。リサとソウタ、二人して私をからかっているのかと疑ってしまったけど、どうやら話は本当かもしれない。

 

 

 

  *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 


 遠くには土煙を上げながら走るオークロード。さらにその後ろにもしかしたら三桁に届くのではないかという数のオーク達。先頭には小走りのフォームなのに異常なまでの速度がでているソウタがいた。そんな速度で橋を渡れば大きく揺れるはずなのに、ほとんど揺らさず滑るように渡っているのは何かの魔法だろうか。


「俺が合図するのでタイミング合わせて!」


 程なくして全長50mほどの大きな吊り橋にオーク集団が騒がしい鳴き声と共に我先にと乱暴になだれ込む。橋が横にも縦にも大きく揺れたせいで数体が弾き出されて落ちていくが、それでも橋の上には数十体は乗っている。


 先頭には何としてもソウタに一撃を喰らわさんと、凶悪な顔のオークロードが目を血走らせ走っている。上級冒険者のみが相対することを許されていると言われるのも納得の風格。それがもう目の前に迫っている。息遣いが聞こえ始めるその時――


「今だっ! 切って!」


 恐怖で身が竦みそうになりながらワイヤーを切り落とす。ロープの張力が崩れ、断末魔と共に橋ごと落下していくオーク達。10秒ほどすると強烈なレベルアップ症状が現れ、胸の奥が燃えるように熱くなり息が詰まりそうになる。


「うぅ……今のでレベル上がったの……?」

「私もレベルあがったみたい~」


 一度に膨大な量の経験値が流れ込んできて苦しくなり、思わず前かがみになる。リサを見れば、ガッツポーズをしてニンマリと喜んでいた。


「ふむ。レベル5になったようだね」


 ソウタが《簡易鑑定》を使ったためか、心の奥底を覗き込んでくるような感覚に襲われる。私もその《簡易鑑定》を覚えたということは、少なくともレベル5以上になったということだ。


 ロープを切り落とすだけで、レベルが上がるなんて凄すぎる! あれだけの数のオークを倒せば上がるのは分かるのだけど……オークロードの性質を利用して橋ごと落とすなんて一体誰が考えたのだろう。

 

 

 

 ソウタは私達にしっかりと経験値が入ったのを確認すると、一度伸びをして「うるさいので掃除してくる」と勢いよくどこかへ走り去る。谷の向こう側には橋の上に乗りきれなかった数十体のオークがブモォとこちらを威嚇し、鳴き声を木霊させている。


 あの数のオークを「掃除する」って何かまた特別な方法でも使うのかなと見ていると、遠くから回り込んできたソウタはそのまま真っ直ぐオーク集団の中へ突っ込んでいってしまった!

 

 そこでソウタの強さが垣間見えることになったのだけど。はっきりいって私では何が起こっているのかよく分からない。

 

 というのも、四方八方から振り下ろされるオークの斬撃を躱す動きが速すぎて、どう避けているのか見えないし、武器を振るう攻撃速度もあまりに速く、二の腕から先がブレてよく分からない。


 戦い方も剣戟の授業で教わった「基本的な戦術」からかけ離れている。

 

 普通の多対一における戦術は、如何に囲まれないよう、そして死角を見せないよう常に動き回りながら戦うのが重要だと言われているのに。ソウタはオーク集団の中心に陣取り、四方から攻撃を浴びせられるポジションでほぼ動かず戦っている。

 

 だというのにオーク達の攻撃は一発も当たらず、逆にソウタの振るう剣の軌跡に吸い込まれていくように次々と斬られている。オークの動きを誘導している? 何らかの固有武術だろうか。いずれにしても何の躊躇なくあの戦術を実行できているのは大きなレベル差があるからだろう。

 

 その証拠に、太ったオークの巨体を然程力が入っているようには見えない一振りで斬り捨てている。相当量のSTR膂力がなければできない芸当だ。あの剣も決して軽くないはずなのに、まるで棒切れを扱うが如く振るっている。

 

 決闘騒ぎのときに見た赤城君と比べても、さらにはそのときの相手である刈谷君と比べても、谷の向こうで戦っているソウタの強さは一線を画している。あれほどの実力なら無理して公表する必要がないのも納得がいく。

 

 


 その後はソウタの妹ちゃん――華乃ちゃんといってソウタに負けず劣らずの強さだった!――が合流し、橋落としというやり方で何度も大量のオークを倒した。ロープを切るだけで数十体のオーク達が雄叫びを上げながら一斉に落ちていく様は何度見ても心臓に悪い。

 

 いつしか華乃ちゃんとソウタのどちらが沢山のオークを連れてこられるかという勝負に。ソウタが150体ほど連れてくることに成功すると、次の華乃ちゃんが負けじとオーク200体ほどを召喚させた辺りでオークロードのMPが尽き、途中で倒れてしまうというハプニングも起きた。

 

 そのおかげもあって、たった数時間で私たちのレベルは6まで上昇。このレベル6というのは私が夏休みを使い頑張って潜ってやっと届くかどうかの目標レベルだったのだけど、こうもあっさり……それもほとんどの時間を談笑しながら到達するなんて考えもしなかったことだ。

 

 

 

 今日のダイブはあまりにも驚くことがありすぎて、あと可笑しくて、学校での暗鬱とした気持ちが何処かへ吹き飛んでしまった。久々に心から笑えた気がする。ソウタもこんなに面白い人だったなんて。


 これからしばらく一緒に潜る約束をしてもらったけど……彼らに付いていけばもっと面白いものが見られる気がする。

 

 そうしたらいつか私の願いも叶うのかな。

 

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