第43話 人間は覚えにくい
「あら? そういえばつい最近も人間が来たんだったわ」
「……え?」
オババの店は通常では行けない隠しエリアにある。そして店前の広場にも冒険者の姿が見えなかったから、てっきり誰も来たことがないのだと思っていた。
「どんな人でしたか?」
「うーん、ごめんなさいね。よく覚えていないわぁ」
フルフルが首をかしげながら「人間は覚えにくいのよねぇ」と呟いている。魔人とはいえ人間と同じような外見をしているのに、人間の姿が覚えにくいというのもある意味面白いが――
(来たというのはプレイヤーか?)
こちらの世界に飛ばされてから今日まで1ヶ月ちょっと。俺と同じようにEクラススタートなら、この期間でオババの店まで到達する難易度はそれなりに高いはずだ。それでも俺以上に時間とリスクを掛けて効率的なレベル上げをしたのなら来られないこともない。もしくは、俺の知らない知識や方法でここまで来たということも考えられる。
(プレイヤーではなく、普通の冒険者の線もあるか)
図書室で調べた限りでは、この場所についての記事は見られなかった。しかし、このダンジョンが発見されてからもう何十年と経っている。その間に誰か一人くらい興味本位でダンジョン通貨を窪みにはめ込んで、偶然この場に辿り着いたとしてもおかしくはない。情報が出ていないのはこの場所を独占したいがために隠匿したとも考えられる。
プレイヤーにせよプレイヤーではない冒険者にせよ、この店を知っているのなら何かしら買い占められているはずだ。俺ならそうする。しかし、在庫を見た限りではそんな感じがしないので聞いてみることにした。
来訪者がプレイヤーなら俺と同じポーションや鉱石を買うし、冒険者ならマジックアイテムも買うだろう。何を買うかでどちらかに絞り込めるかもしれない。
「何も買わなかったわよ? ただ……私の店に誰が来たか聞いてきたわね」
(……何も買わなかった?)
この店のラインナップは外と比べても非常に魅力的なものばかり。手持ちのダンジョン通貨が無かったのだろうか。それならフルフルに通貨の存在と必要性を聞いて、貯めてから買いに来ればいいだけの話だ。それに買おうと思えば魔石でも買うことはできる。
にもかかわらず、何も買わなかったというのは純粋に誰が来たのか聞きにきただけなのだろう。このタイミングでこんな質問をするとなると冒険者というよりプレイヤーの可能性が高そうだ。
(クラスメイトでダンジョンにこもっていそうなプレイヤーはいただろうか)
俺はクラスメイトとの親交はほぼスルーしていた……というよりスライムに負けた悪評のせいで誰からも声を掛けられずスルーされていた。放課後は部活探しもせず、ダイエットかダンジョンダイブに全力だった。誰がどれくらい潜っているのか全く見当がつかない。
(元々学校なんて何時辞めてもいいという考えだったからなぁ。情報収集のためにも少しは交流を増やしたほうが良いか?)
クラスメイトとの交流は余計な時間を取られるというデメリットはあるが、情報収集や有益なイベントを熟す上でもアドバンテージとなり得る。ダンエクのイベントが起こる場所も主要人物も、大半が冒険者学校関連だからだ。
また中には危険なシナリオやイベントもあり、それらを回避するためにも赤城君やヒロイン達がどれくらいイベントを進めているか、交流を踏まえて把握しておくのも良いかもしれない。
「……なるほど。その方がまた来たときは、俺がここへ来たことを内密にお願いできませんか。知られるとちょっとまずいので」
こんなに早くここに来れたのだってヴォルゲムートというイレギュラーがあってこそ。その俺よりも早く到達するというのは、かなりのやり手と考えられる。敵になる可能性もあるので、こちらの情報はできれば隠しておきたい。
生憎とレベルアップ競争なら負けていないはず。このままぶっちぎる予定だ。
「ええ。でもあなたのことも覚えられそうにないし、心配しなくていいのよ」
「ありがとうございます。また来ると思いますが、そのときはよろしくお願いします」
「またくるね~お姉さんっ」
華乃が手を振ると、フルフルもにこやかに手を振り返す。こんな客が来ない閑散とした店を何でやっているのか分からないが、こちらとしては色々と助かる。
誰もいない広場に戻って一休み。ダンジョンの中とは思えないほど広大で長閑な広場だ。鳥の鳴き声や風のせせらぎは無いが天井は高く、やや明るい薄水色なので開放感もある。こんな場所を妹と独占しているのは気分がいいものだ。
10階入り口で買った焼きそばを取り出して食べる。予想はしていたが値段が高いくせに大した味ではない。というか何の肉だよコレ。
「んじゃ帰るか」
「うんっ」
帰りはこの広場の片隅にあるゲートを使う。ここで魔力登録をしておけばダンジョン外からもすぐにオババの店に来られるようになる。
1つ十数kgほどの鉱石を4つ持っての移動ではあるが、レベルアップにより力が上がったせいか重さはそれほど苦にならない。重さよりも鉱石が大きく嵩張って運びにくいので、早い所マジックバッグが欲しい所だ。そのためにもダンジョン通貨を沢山稼がないといけない。
次のダイブはミノタウロス狩りにするか、さらに潜るか。その辺りは家に帰ってからゆっくり考えるとしよう。とにかく今日は色々ありすぎてオラは疲れたよ。さきほどから欠伸が止まらない。
見たことがある壁の紋様に魔力を通してゲートを開く。くぐり抜けると一瞬で学校地下一階の空き教室に移動完了だ。ダンジョン内より数度温度が低くひんやりしてて心地よい。
「先に帰ってていいぞ。俺は工房でこの鉱石を預けに行ってくる。一人で帰れるか?」
「大丈夫だよ~。後はよろしくねっ」
機嫌がいいのかスキップしながらルンルン気分で歩き去っていく。というか部外者なんだから校内では目立たないようにしろと言いたい。あの防具では目立つので偽装用の制服でも作っておくか。
鉱石を担ぎながらでは現在のレベルがバレそうなので、工房まで台車を借りてきて運ぶことにする。ガラガラと押しながら外へ出ると、闘技場のある方角から訓練している声が聞こえてきた。高校の時を思い出して懐かしい……というか今、俺も高校生だった。
そういえば赤城君の部活はどうなったのか。やっぱりEクラス向けの部活に入ったのだろうか。すでに闇落ちしたのかも気になるが……その場合、面倒なドタバタが起こるので巻き込まれないよう回避に動いたほうが良いか、など思案しながら工房エリアへと足を進める。
*・・*・・*・・*・・*・・*
真新しい外壁に、よく掃除された荷物置き場。白く四角い形をした工房の中からは大きな機械が動作している音や金属を叩く音が聞こえてくる。
この学校には民間企業からの指導で彫金や装飾品を作って学ぶ部活動もあり、活動の場は主に学校敷地内の工房エリアだ。ミスリルもそうだがダンジョン産の金属は大量の魔力を通しながら加工する。レベルアップを多く経験した魔力量の多い冒険者学校の生徒は彫金師や鍛冶師の適性も高く、目指す人も多いのだ。
(さて。先輩方はいるかな)
広く開いた工房の入り口から中を覗いていると、大柄な生徒がこちらに気づき出てきた。
「なんだぁ? ……依頼か?」
訝し気に俺を見た後、荷台にある鉱石をみて依頼だと分かった模様。ええ、その通りです。
「この鉱石の精錬と、できれば武器作成の見積もりをお願いしたいのですが、大丈夫ですか」
ジロジロと無遠慮に俺を見てくる。2年生だろうか。次に鉱石を見てミスリル鉱石があるのが分かって驚いている。
「おうおう、今俺達はミスリル合金の勉強していてよ。依頼なら安くするぜ?」
「そうですか、依頼料はどれくらいになりますか?」
急にご機嫌になる先輩。なんか調子いいなと思いながらも、安くなるなら頼んでみようかしらん。もう少しすればHPポーションの転売でも儲けが出るようになる予定だが、今はとにかくお財布事情が厳しいのだ。
「ミスリルと銀の精錬を俺に任せてくれるなら……これくらいだな。武器作るならまず、ミスリルの量がどれくらいできるかによる。精錬後に決めたほうがいいだろう」
提示された金額は思ったよりも安い。精錬さえできてしまえば作成依頼は他所でしてもいいので、今度にでも冒険者ギルドに下見しに行こうかね。
「それでお願いします、俺は1年Eクラスの成海といいます」
「1年Eクラスだぁ? そんでミスリル合金の武器とか使うのか……まぁいい。じゃまた後で来いよ」
「書面とか書かないんですか?」
「……ちょっと待ってろ」
奥から精錬依頼契約証の用紙を持ってきたのでサインする。精錬はすぐできるようなので、数日したら取りに来ると言っておいた。
さてと。さっさと家に帰ろう。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「ただいま~っと、……おぉっ?」
「颯太っ! 華乃の言ってることってホントなの……って。どうしたのそんなに痩せ細っちゃって……」
家に帰るや否や、お袋が小走りで玄関まで駆けつけてきた。華乃が【キャスター】になったと聞いて真実はどうなのか問いただしに来たようだが、俺の変わりようにも驚いている様子。そりゃそうだろう、朝は100kg超くらいだったのに今見たら一回りくらい痩せていたとか普通はあり得ない。
色々と驚きや聞きたいことがあるようで腕をぶんぶん振るいながら口をもごつかせている。
「飯食いながらでいい? 腹減った」
「……ご飯はもうできてるから並べておくわね」
自分の部屋に入りほっと一息。今日一日はマジで疲れた。
すっかりボロボロになった魔狼の防具を部屋に置く……買ったばっかりだがこれももう買い替えないといけない。とはいえレベル19に見合う防具を揃えるとしたら一体いくらになるのか。
頭を悩ませながらラフな部屋着に着替えて居間に行くと、下手糞な作り笑いをしている親父も座っていた。まぁ丁度いい。
「そんじゃ、何から話す……」
「【キャスター】になったことからお願いっ」
お袋が隣に滑り込むように座ってきて急き立てて言う。
この世界では基本ジョブへのジョブチェンジができるなら専業でも食っていける一人前の冒険者という認識がある。未だ冒険者の未練を捨てきれずにいる親父も長いことレベル4の壁を超えられずにいたわけで、何をどうやったらそんなにレベルが上がるのか、興味がない振りをしながら新聞を読みつつ、こちらに耳を澄ませている。
「俺がこれから話すことは家族だけの秘密にして欲しいんだけど」
「……それって凄い情報なの?」
「まぁ一部はそうかな」
ダンジョンの新情報はモノによっては凄まじい値段で取引されている。それこそ一生遊んで暮らせるほどの額。そんなものを知っていると分かれば、無理にでも聞き出そうとするヤバい奴らも現れる。
事の深刻さを感じ取り、親父もお袋もごくりと固唾を呑んで話の続きを待つ。
「私が【キャスター】になってぇ、おにぃが【シーフ】になったんだよねっ」
「あぁ。ついでに俺も華乃もレベル19になった」
「「じゅっ……19!?」」
親父が目を見開き、お袋は前のめりになりながら聞き返してくる。レベル19といえばそれなりの有名なクランからお誘いが来るレベルらしく、「ウチの子達は天才なのかっ!」と手を取り合って喜んでいる。天才なのかは知らんけどね。
さて、どこまで説明するのがいいか。
信頼できるのは分かっているし、無類の協力者になり得る成海家の面々。こちらの世界に来てからのことは、家族には秘密にしないようにしようと考えている。ダンジョン知識については危険性を伝えた上で遠慮なく言うつもりだ。
かといって、ここはゲームの世界だったとか元の世界の出来事を言ってもオツムの心配をされるだけなので話すつもりはない。それは言っても意味がないものだろうし。
とりあえずこれまでの数日間の経緯から丁寧に説明するとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。