第39話 10階へ ②

 ジャイアントバットとの戦闘から更に2kmほど進んだところ、前方に黒い靄が生まれた。オークアーチャーだ。


「普通に倒してみ」

「わかったー」


 俺を背中から降ろし小太刀を構える妹。先ほどのジャイアントバットよりは参考になることを期待しよう。

 

 オークアーチャーは無防備状態から回復するとすぐにこちらに気づき、弓を構える。最初に機動力を削ろうと判断したのだろう、小走りで近寄ってくる妹の足を狙って矢を放つ。


 オークアーチャーの弓は木の枝をそのまま利用したような原始的な丸木弓だが、弓の長さは2mを超えるほど巨大。ミシミシと弦のしなる音から、弓矢を放つだけでもかなりのパワーが必要なことが分かる。放たれた弓矢の音もまるでバリスタで撃ったような衝撃音。モンスターレベル8は伊達ではないのだ。

 

 だが――


 華乃は難なく矢じり部分を小太刀で叩き落とすと勢いを殺さず距離を詰め、オークアーチャーの首から肩口までを一振り。オークアーチャーは地面に倒れ伏す間もなく魔石となった。その際、小太刀に過剰な力が掛かったようで少し歪んでしまったようだ。


「あぁっ、私の小太刀! ちょっと曲がっちゃったんだけどっ」

「……この感じだとレベル15くらいまで上がっているのか?」


 あの小太刀は元々細長い形状なので曲がりやすいといえ、鋼一枚モノの頑丈な作りだ。レベル8だったときの頃を考えれば多少雑に扱ったところで曲がるような強度ではなかったはず。膂力や握力が随分と上がっていることが窺える。あとソレ、お前のじゃなくて学校のレンタル品なんだけど……はぁ、弁償どうすっかな……


「武器は新調しないといけないな。現金はあまり持ってないからオババの店で良いものが売っていればいいんだが」

「魔石かダンジョン通貨で買えるんだっけ」


 ゲームだったときはプレイヤーが売ったアイテムが店に並ぶことがあったので、市場で過剰に余ったマジックアイテムやレア素材製の武器が安く売っていた。こちらの世界ではプレイヤーがいないから、そういったモノは売っていないだろう。だが逆に買いやすくなるアイテムもあるはず。


「戦闘能力は十分なようだし、気兼ねなく10階へ向かうとするか」

「それじゃ走るからしっかりつかまっててねっ」


 再び妹の背中に乗せてもらい、人もまばらな道を再び走って次の階を目指す。

 

 揺れを少なくするためか小走りのように走ってるものの、結構な速度……時速40kmくらいは出ている。速いだけではなく俺を負ぶりながら走っているので驚いて二度見する冒険者もいた。目立ちすぎるのもアレなので、もう少し速度落としてもいいんじゃないかな、華乃ちゃんや。


「うわぁ、結構速度でるんだねっ。なんか面白い!」

「ちゃんと前見て走れよ」


 少なくなったとはいえメインストリートには通行人がまばらにいる。ぶつかったら相手が大怪我してしまうじゃないか。


 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 さらに数km走ったところで9階に到着。

 

 20分近く走り続けたのでさぞ疲れただろうと休憩を提案しかけたが、妹の息がそれほど上がっていなかったので休憩は挟まず、そのまま10階を目指すことにする。


 10階のモンスターと戦える冒険者は統計によれば全体の一割もおらず、ここ9階の入り口広間に目を向けてみても冒険者はちらほらとしか見えない。そしてどの冒険者も基本ジョブにジョブチェンジ済みなのだろう、装備が【ファイター】【キャスター】【シーフ】用になっていて誰がどのジョブだか分かりやすい。ざっと見た感じでは軽鎧に片手剣や両手剣を装備した【ファイター】が多いようだ。


 ここまで来るためには、それなりの装備品を揃える“資金”と、モンスターを狩り続けレベルを上げるための“時間”、そしてパーティーが組めるだけの“仲間”が必要となる。


 一般人にとってその3つを全て揃えるのは厳しい条件。大抵は背後にスポンサーや冒険者クランなどの組織がいたり、冒険者学校関係者だったり、金持ちであったりする。元プレイヤーならゲーム知識だけで来られるので関係ないが。


「それで、9階には何がでるの~?」

「9階も8階と同様にオークと蝙蝠がメインだが、トロールも出るぞ」


 トロール。3mに迫る身長に毛むくじゃらの巨人でモンスターレベルは9。武器は持っておらず素手攻撃のみだが、怪力なので攻撃はできるだけ回避して戦うほうがいいだろう。掴まれでもしたら非常に危険だ。また再生スキル持ちのため長期戦になりやすい。そうなると他のモンスターとリンクしやすくなるので逃げたほうがいいだろう。


「ふーん。でも今なら普通に勝てちゃいそう」

「エンカウントしたならともかく、こちらから仕掛けて戦うのは後だ。武器も今の俺達の全力には耐えられないほど貧弱だし、俺も万全じゃない」

「……うん」


 遠くのほうでパーティーが戦っているのを横目に、ぼちぼちと10階へ移動を開始する。


「ねぇ、あそこ。地面が不自然に盛り上がってるよ?」

「未発動のトラップだな。落ちたら上まで登るのが面倒だからあんな感じのは避けていってくれ」


 これまでメインストリートにあるトラップは発動済みばかりだったが、この階くらいから冒険者も少ないため、こういった未発動のトラップがちょくちょくでてくる。


 10階くらいまでのトラップは見ただけで何かあると分かるので注意していれば回避が十分可能だ。これが20階を超えてくるとぱっと見では分からないものが出てくるため、パーティーに一人はトラップ検知のスキル持ちが必要となってくる。


 いくつかのパーティーを抜き去りさらに走り続ける。途中、オークジェネラルがいたものの、周りに冒険者がいなかったためそのまま駆け抜けた。

 

 そしてようやく目標の階に到達する。




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 ――10階。


 この階の到達は一つの目標だったため感無量……とかは全くない。そもそもこんなに急いで10階に向かう予定はなかった。それもこれも全てあの骨とソレルのアホ共のせい。特にソレルには華乃を攻撃した分も含め、後できっちり報復せねばなるまい。


 思い出したことで少しイラつきながら周囲を眺める。


 10階入り口広場。ここからはしばらく迷路状の人工的なMAPが続くことになる。


 壁は一面石材でできており、床も全て石畳が敷かれている。天井は薄青色で青空のようにも見えるため洞窟MAPと比べると大分明るく、開放感があってよろしい。城下町の裏路地を歩いているかのような気分だ。


「店があるんだねぇ。あ、宿泊施設もあるよ!」


 広場の片隅にはいくつかの店が出店しており、冒険者ギルドの職員が詰めている施設などもある。反対側には老舗旅館のような和風の宿が建っている。簡単な食事もできるようで、フロントでは何パーティーかが寛いで談笑していた。


 ダンジョン4階にもレジャー目的の宿泊施設があったが、10階の宿は4階の宿と違って本格的なダンジョンダイブ目的で泊まる客が多いようだ。


 ゲートを使わなければ、地上へ帰るにも、逆に外から来るとしても半日以上時間が掛かる。この先を狩場とする冒険者にとっては10階で一泊するのが丁度いい距離なのだ。


 普通の冒険者は宿泊代を節約するために簡易テントを持ち込んで広間で野宿するが、高位冒険者や貴族、士族などの上流階級はプライドもあるのか野宿をできるだけ回避したがる。そういった理由でもこの階の宿泊施設は需要が出ているのだろう。


(まぁ、ゲートを使える俺たちは泊まる必要はないけどな)


 ここからオババの店に行くには11階へのメインストリートとは真逆に進むことになる。そちらの方向に冒険者が行くことは少なく、モンスターも普通に徘徊していることだろう。戦闘に備えて少し休憩していったほうがいいかもしれない。


「そんじゃちょっと休憩するか。トイレ行ってくるわ」

「私も行ってくる~。あ、お腹も空くかもしれないし持ち帰りできるもの何か頼もうよっ」


 ちらっと露店を見れば“焼きそば1080円”という驚異の値札が見えた。ここまでの輸送中に戦闘になる可能性は十分にあり、輸送する人も限られてるから仕方がないのかもしれないが……流石に焼きそばでこの値段はなぁ。もしかしてこの先はもっと高くなるのか?


 暗鬱になりながらトイレを済ませて出てくると、案の定、あの焼きそばを頼もうとする我が妹。え~と、金そんな持って来たかな。


「おっちゃ~ん、焼きそば2つ頂戴♪」

「あいよ~。嬢ちゃん可愛いから少し多めにしておくぜ」

「ありがとぉ~♪」


 手渡された焼きそばを見ると確かに他のより多めなのかもしれないが、具がほとんど入っていない。ケチケチすんなよおっちゃん……


 焼きそばが入ったパックを紙で包んでリュックにしまい、広場をひとしきり見た後、西の方角にある隠しストアを目指す。隠しストアというだけあって、通常では入れないエリアにある。


「ダンジョン通貨を壁にはめるだけでいいの?」

「そう、銅貨な。ダンジョン通貨はこの階にでる中ボスを倒せば一定確率で落とす。俺たちはオークロード倒してすでに何枚か持ってるから倒す必要はないぞ」

「えぇ~じゃあ後で戦いに来よう」


 華乃はここまで俺を背負って1時間以上走り続けているのに、ほとんど疲れているようには見えない。むしろモンスターを倒したくてうずうずしている様子。肉体強化が予想以上に効いているせいだろう。

 

 俺も大幅なレベルアップにより力が溢れている感覚はあるけれど、これは疲れを通り越してハイテンションになっているだけな気がする。

 

 だが目的地はすぐそこ。状態異常回復だけは先に済ませておきたいので家に帰って休むのは後回しだ。気を抜かずもう少しだけ頑張ろう。

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