第28話 縋る姿
闘技場での一悶着が終わり、教室にカバンを取りに戻って家路に就く。クラスメイトのほとんどはまだ闘技場で悲嘆に暮れているが、何とか諦めずに頑張ってほしいものだ。本当の妨害はこれからなのだから。
何とも言えない暗鬱な学校生活に思いを馳せながら校門付近を歩いていると。
「あぁ、君は!」
誰だろう、カジュアルな格好をした若い男の人が俺に話しかけてきた。腕にしているギプスが痛々しい。
「前に助けてくれてた冒険者だよね。お礼を言いたくて」
彼は菊口さんといって妹とパワーレベリングに行ったときにオークロード部屋で襲われていた冒険者だという。怪我をしているようだが何とか脱出できて何より。
話を聞くに、脱出後に俺に感謝を伝えたかったのに名前も分からなくて困っていたという。だが思い返してみると高校生のような若さであれほど強いなら冒険者学校の生徒である可能性が高いと考え、この正門でそれらしき人はいないか探していたようだ。
「ありがとう! 不甲斐ないことに仲間は二人亡くなってしまったが、それでも僕を含めて四人の命が助かった。君のおかげだ。本当にありがとう!」
涙を滲ませながら頭を下げて感謝を伝えてくる。それでも二人亡くなったのは堪えただろう。
「いやそんな。お怪我はどうですか?」
彼はボロボロの盾を持っていたタンクの人か。多数のオークからかなりの攻撃を受けて腕は骨折し、今もギプスを嵌めている。学校の生徒ではないので【プリースト】の施術をしてもらうには多額の費用が掛かってしまう。普通の人は骨折程度なら自然治癒を選ぶのだ。
「こんなの大したことないよ。仲間も後遺症はなく、しばらくすれば元に戻る怪我さ」
痛々しい笑顔で元気なところをアピールする菊口さん。空元気でも出してなければ塞ぎ込んでしまうのかもしれないな。そして俺の方も疑問がある。なんで危険なオークロード部屋に行ったのかそれとなく聞いてみると、騙されたということだ。
「……どういうことですか?」
「向こうに宝箱があるって言われて……まさかあそこがオークロードの部屋だと知らなかったんだ」
5階で待ち合わせをしていた菊口さんの仲間に執拗くナンパをするパーティーがいて断るのに苦労していた。そこで菊口さんが間に入って仲裁し、なんとか事を収めたところ、向こうの一人からせめてもの罪滅ぼしに、と宝箱がある場所を教えてもらったそうだ。そういうことならと厚意に甘え、よく地図を確認しないで見に行ってしまったのだという。
そこがオークロードの部屋だと知らずに。
オークロードは冒険者ギルドから注意喚起されているが、実際に見た人は多くなく、あれがオークロードだと分からなかったらしい。一撃で仲間が吹き飛ばされ、応援を頼むべく仲間の一人だけなんとか脱出させられたが、オークソルジャーの集団に前を塞がれ追い詰められていた、というのがあの時の顛末だ。
そも5階に宝箱は出現しない。厚意かのようにオークロード部屋を指定するあたり、ナンパしてきたパーティーの悪意を感じる。
「……あっ、あいつら!」
菊口さんの視線の先にはDクラスの生徒がこっちに向かってくるのが見えた。あの中の一人は刈谷の取り巻きをやっていた生徒だ。顔は覚えている。
「お、おい! 昨日はよくも騙してくれたな! 仲間が二人も亡くなったんだぞ!」
「あぁん? ……あぁ、何時ぞやの雑魚パーティーか。オークロードの味はどうだった?」
「き、貴様ぁぁ!」
あまりの言いように殴りかかるが簡単に躱され、逆にぶっ飛ばされ返り討ちになってしまう。この一帯もマジックフィールド内のため、肉体強化の差はもろに出る。Dクラスの生徒は「雑魚のくせに俺たちの誘いを断るからだ」と言っている。
……おいおい、そんな下らない理由でオークロード部屋に案内したのか。人の命を何だと思ってやがる。
「バカだなぁ、5階に宝箱なんてあるわけねーのに」
「所詮一般人だしな、無知ってのは命取りになるんだぜ」
「Eクラスと知り合いらしいけど、雑魚繋がりかぁ?」
何が楽しいのか笑いながら離れていくDクラスの奴ら。菊口さんはあまりの悲しみと遣る瀬無さに脱力して
この学校の生徒は人間辞めちゃったのかな。Eクラスを見下すだけならまだいい。だが外部である一般人すら見下し、さらにムカついたからとMPK(※1)紛いなことを
二人も命を落としたというのに、あいつらには何の反省も見られず今も愉快に話しながら歩いている。明らかに度を越えてる。あんな奴らをのさばらせるんじゃこの学校どころか、この国の未来も暗い。
「……菊口さん。汚れてしまいますよ」
「ぐっ……うぅ……すまない……」
泣き崩れる菊口さんを立ち上がらせ、汚れをはたき落とす。赤城君がやられたときはそれほどDクラスに対して対抗しようなんて熱量はなかった。それがこの学校のやり方なら仕方がないという思いもあった。
だが菊口さんの件で”余裕があればお仕置きしてやろうか”程度には温まってきたかな。
「まぁ、約束はできませんが……いつかあいつらをとっちめておきますので、今日のところはお引き取りください」
「うぅ……き、君がかい? でもあいつら強すぎるし……君にだって危害が及ぶんじゃ……」
確かに今やったらただでは済まないかもしれない。体型も超肥満だし強そうに見えないから心配したくなるのも分かる。ならばシェイプアップして鍛えればいい。レベルを上げてジョブチェンジし、いくつものスキルを覚えて強くなればいい。
「本気で鍛えてきます。それに俺、実は凄いんですよ?」
「うぅ……すまない……うぅ、ありがとう……」
顔をクシャクシャにして俺に感謝を述べる菊口さん。名前も知らない年下の俺をわざわざ探して礼を言いに来たくらいだ。礼儀正しく仲間思いの良い人なのだろう。
Dクラスの奴らは相変わらず楽しそうに会話を弾ませ笑い声を響かせている。人が死んでいるというのにヘラヘラとニヤけた顔をしやがって。
弱いから何が悪いのか。強いからって何が偉いのか。強ければ弱いものに何をしてもいいというのか。
冒険者としてではない。人として何が正しくて何が間違っているのかを、奴らには教えてやりたくなってきたぜ。
*・・*・・*・・*・・*・・*
刈谷含むDクラスの連中にお仕置きするにも最低条件としてレベル10以上、かつ10階のオババの店に行ってジョブチェンジを行う必要がある。背後にいる黒幕を考えればもっとレベルが欲しいところ。
さくっとレベルを上げて行きたいところだが、レベル8ともなれば1時間に1回の橋落としでは効率が悪くなってくる。最近はダイエットしながら体幹を鍛えることにも時間を使っていてダンジョンに潜らない日があった。それもレベルアップ速度が鈍化している原因だ。
それならばどうすればいいのかというと――
「それで、おにぃ。今日はどこにいくの?」
早速買った魔狼装備を着こなし見事なリズムでシャドーボクシングをしている我が妹。白のブラウスの上から黒い魔狼ジャケットと小手を装備し、下はキュロットに魔狼ニーハイブーツ。「ベテラン冒険者みたいでしょ」と感想を聞いてくる。
ベテラン冒険者ね。90階をウロウロしていた攻略クランのメンバーは魔神シリーズとか龍王シリーズなどのアーティファクト防具で全身を固めた者ばかりだった。あの装備が1つでもあったならと妄想してしまうが、あんなものは今のレベルでは扱えないし、そもそも重くて着れない。それはまぁいい。
「まず5階で華乃のレベルを7にしよう。それから7階へ降りてレベル9まで上げる。そこから一気に10階攻略を目指すぞ」
「10階!? そんな深いところいけるの?」
10階といえば一般的な冒険者では辿り着くのが難しくなる階層らしい。必要レベルも2桁に突入し、戦闘力も肉体強化により常人の域を超え始める。ここに至れるならそこらのクランの1つや2つからお声が掛かるほどだ。
「いける。その前に武器だ。小太刀を2本用意しといた。最初から長い得物を2本扱うのは難しいだろうと思ってな」
「わぁ~ありがと~」
目を輝かせながら小太刀を受け取ると、シュッシュと器用に持って振るう。
「それじゃゲート部屋に向かうぞ」
「はーい」
俺の足元に縋って蹲る菊口さんを思い出す――
きっと彼は自分の不甲斐なさをいつまでも責め続けるだろう。だがそれは明日の俺かもしれない。
学校でもダンジョンでもDクラスの奴らのように自分の力に酔っているアホ共は沢山いる。そいつらに正しさとか善良だとかをいくら説いても関係なく悪意で塗りつぶしてくるだろう。俺がそれらに対抗するためにも、また大事な人たちを守るためにも、もっといえばこの世界では何をするにも力が必要なのだ。
メインストーリーだけを考えてちんたらマイペースにやっていたら、予期せぬ理不尽や悪意に巻き込まれたときに対処できないかもしれない。正体不明のプレイヤー達だっていつ敵に回るか分からない。力を付けるまでの速度も求められる。
(気合を入れて頑張るとしようか)
後ろで下手糞な鼻唄を歌いながら付いてくる可愛い妹のためにも。
(※1)MPK
モンスターを利用して誘い込んだりぶつけたりして故意にプレイヤーを殺す行為。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。