第45話 亜井川花火


「はー。でも探偵さんめっちゃ頑張ってくれてましたし……」

「とにかく、俺がいいってんだからいいんだよっ」

「そ、そうですか……」


 花火はやるせない様子だったが、一応首肯してくれた。


「それにしても、どうして花火は依頼に関してはあんなに楽しそうだったんだ?」


 今から考えたらすぐ分かる。花火が無駄に楽しそうにしていたり、余裕ぶっていたりしたのは全て、俺が「お兄さんを止める」という依頼に関して動いている時だったのだ。


 だから、カフェで平井健太について聞いている時はとてもつまらなそうにしていた。その後の潜入調査やファミレスに行った時などは楽しそうにはしていたものの、「無駄に」楽しそうではなかった。


 花火は目を逸らし、髪をいじり始めた。


「それは探偵さんなら絶対なんとかしてくれるって信じてたからですよ……!」

「俺はそんなに期待されてたのか……」


 一体俺は、期待に答えられたのだろうか。


 一応亜井川は止められたが、花火には危険な目に遭わせてしまった。まさか花火が店に来るとは思ってなかったしなぁ……、まぁ、言い訳しても仕方ないな。終わりよければすべてよしとしてくれ。


 そしてその亜井川あいかわは、今どこで何をしているのだろうか。

 

 悔しがっているだろうか。目を覚ましたであろうか。まぁ、やけを起こさなかったということだけは分かっているので、心配はしていないが。


 今後の人生はあいつ次第としか言いようがない。


 それと、俺に同窓会の招待状が届かなかったのは亜井川の仕業なんじゃないかと今は思ったりもする。


 俺という人間がいたら、犯行の邪魔になるからな。決して、俺のことは殺したくなかったから、なんてことはないだろう。


 あいつがそんなことを思うはずがない。絶対に、絶対にだ。


「それで話は変わるが花火、この能力、俺に預からせてはもらえないだろうか」

「な、なんでですかー!?」

「なんでって、あんな光に包まれてたら学校通えないだろ」


 俺は花火が元の能力の持ち主だと知ってから、これをずっと言おうと思っていた。


 俺は九年間この能力のせいでたくさん苦労をしてきた。それはもちろん勘違いしていたからなのであるが、それだけではないのだ。


 この能力、体質は、たとえ生活面に無害であっても、自身の心にとあるダメージを与えてくる。花火は能力を持っていた時まだ幼かったから知らないのだろう。


 そしてそのダメージとは、周りの人間と自分との隔たりを感じさせてくることである。


 九年間ずっとこの体質のせいで、誰かと同じ場所にいても自分はどこか別の世界を生きているように感じてきた。


 だから俺は九年間感じてきた辛さを、花火には感じてもらいたくない。


 花火は意地の悪そうな顔を向けてきた。


「そんなこと言って、今の仕事がやりにくくなるのが嫌なだけなんじゃないんですか〜?」

「……さて、どっちだろうな」


 俺はそう自嘲気味に呟く。花火にどう思われようが構わない。もし花火がどうしても返してほしいと言うならば俺は何も言わずに返すつもりだが。


 しかし、そんなに深く考える必要はなかったみたいだ。花火はさして興味が無さそうに呟く。


「まぁ、探偵さんがいいならそれでいいですけどー」

「ありがとな」

「はいはーい。あ、駅見えてきましたねー!」

「だな……」


 楽しそうに駅を指さした花火に、俺はそう一言で返した。ちょうど並木道を抜け、一昨日花火と行ったファミレスの近くへ出てきたのだ。


 本当、今から考えても完全なる遠回りだったたが、時にはいいだろう。


 そして花火は、当然のように言ってくる。


「ファミレス、行きます?」


 正直、俺は行きたいと思ってしまった。花火とこうして過ごすのも、もう今日で終わりなのだから。連絡先は知ってるけど、だから何だって話だ。


 そして俺が返事をしようと思ったその時――


「探偵さん、携帯鳴ってますよ」


 誰かから電話が。見てみると、瀬渡だった。


「どうした?」

『できるだけ早く帰ってきて……あ、ちょっとごめんっ』


 瀬渡は忙しない様子でそう言うと、電話を切った。


 もしかして何かの手違いで機村さん側の下っ端たちが襲撃してきたんじゃ……と、一瞬だけ思ったが、それは杞憂だった。


 だって瀬渡、オーブントースターのチーンっていう音が聞こえてきた瞬間に電話切ったもん。おそらく昨日みたいに大量の料理を作ってるんだろう。


 まだあいつ自分が安全かどうか分かってないはずなのに、買い物行きやがったな……


 花火を見ると、怪訝そう俺を見つめている。


「どうかしましたか?」

「いや、すまん、帰らなきゃいけなくなった……」

「あ、そうですか……」


 花火は本気でしゅんとしてしまった。そんなにファミレスで食べたかったんだね。

 

 俺は申し訳なく思いつつ、花火と駅へ向かって歩きだす。


 また花火とこの道を通ることになろうとは。そう、ここは九年前には学校帰りで瀬渡と、一昨日はファミレスの帰りで花火と歩いた道だ。


 俺は瀬渡が料理を作っていると知っていても、花火を事務所へは連れていってはいけない気がした。なぜなら花火はもう、依頼人でもなんでもないからだ。


 それに花火は一人の女子高生。俺たちとは住む世界が違うのだ。だからあまり俺や瀬渡と関わらない方がいい。


 瀬渡は今も、花火のためにも料理を作ってくれているんだろう。それでも、そうだとしても……


 もうすぐ駅へ入る。ここでお別れだ。そう思った時、ふと一昨日自分に抱いた疑問が蘇った。


 

――さて、俺は今何を望み、何をこの目に映しているのだろうか?


 

 なぜ浮かんでしまったんだよ……。


 俺は自分を醜く感じた。卑怯だと感じた。愚かだと感じた。


 だって、ここ二日で俺はもう答えを出してしまっているのだから。


 気づいた時には、俺の口は動いていてしまっていた。


「花火……、瀬渡がまた大量の料理作ったらしんだけど……」

「行きます! あの女は気に入らないけども!!」

「そうか、それは瀬渡も喜ぶな……」


 即答した花火に対し、俺はそんなことをぬかした。花火の返答なんて、最初から分かっていたのに。本当に喜ぶのは、瀬渡ではないことくらい分かっているのに。


 花火は足取りを軽やかにして、笑顔で駅へ入る。


 俺の心が、どんどん罪悪感で、いっぱいになっていく。でも、「これ」を言ってしまえば俺の望みに反することになる。



 ――だとしても、やっぱりこれじゃだめだ!



 俺は軽く深呼吸をすると、平静を装って花火に言う。


「花火、依頼人でない状態で家へ来るのは、今回だけだからな」


 すると花火は、嘘くさい笑みを浮かべた。


「分かりました」

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