第35話 もしかしたら、そうかもしれない。

「でも、おかしくないか?」

「……何が?」


 すぐに冷静になった瀬渡が首を傾げる。


 今俺の中では、亜井川が不登校にだったことが加わり、ある疑問が確かなものになっていた。


「だって、いじめられていたのは一年の時だろ? じゃあ二年の同窓会を狙うっておかしくないか?」

「そんなの簡単でしょ」


 スマホを拾いながら瀬渡は言った。


「簡単?」

「高校二年生という一年間、自分を見つけてくれなかったことを憩野たちに恨んでるんじゃないの?」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ」

「それって要するに八つ当たりじゃないか……」


 見知らぬクラスメイトを探す高校生がどこにいるんだっつーの。しかし、瀬渡は冗談めいて言ったようではなく、至って真面目だった。そして、妙に迫力があった。これは形は違えど彼女も感じていたことなのかもしれない。


 突然、瀬渡は何処か遠くを見つめ出した。ああ、その表情、やっぱりか。


「……そうね、八つ当たりね。でも、苦しさは本人にしか分からない……!」


 ぎゅっと膝の上で拳を握る瀬渡を見て、俺は必死に言葉を探す。


「瀬渡、お前……」

「ま、とにかくさ! 止めるしかないでしょ。ゴミを」


 瀬渡は俺の言葉を遮るように無理に笑顔を作った。これ以上過去を思い出すのを拒むかのように。


 今の俺は瀬渡がどんな高校時代を送ったのか知っているが、当時の俺は物理部での友人でしかなかった彼女のことを何も知らなかった。知っている気でいただけだったのだ……亜井川と一緒だな。

 

 おそらく他の友人もそうだろう。今から思えば俺は高校時代、薄っぺらい付き合いしかしてこなかった。これは俺だけなのか、それとも、誰もがそんなものなのか、俺には分からない。


 ここまで瀬渡に話してしまうと、これも言っておかなくてはならないだろう。


「あと、亜井川、花火の兄なんだ」

「…………マジで?」

「うん。俺も数時間前に知った」

「なんで気づかなかったのよ……」


 瀬渡はこめかみを抑えてため息を吐いた。それは無理もない。でも俺も気づきようが無かった。


「花火は依頼に来たときに「亜井川」じゃなくて「水落」って名乗ったんだよ」 


 どこか弁明するような言い方になってしまった。まるで気づけなかった自分の無能さを隠すかのような。


 それに対し、瀬渡は欠伸をしてから答える。


「最初から正体バラしたら、引き受けてもらえないとか思ったんじゃないの?」

「う〜ん……」


 瀬渡の言い方だと、花火は九年前の火事の日に見た俺の顔を覚えていたと言うことになるが……


 ――もしかしたら、そうかもしれない。


 花火は事務所に依頼に来た最初、俺の顔を見て固まった。そしてその次の瞬間から、態度が急変した。


 それは、依頼に来てみたらその探偵が自分の知人で少し緊張感が解けたということでは無いだろうか。まぁ、その後風呂を借りると言い出したことに関しては理解に苦しむが。


 でもだとしたら、昨日の別れ際に彼女が見せた真剣な表情の理由は、俺が亜井川と会うことになると分かっていたから、で間違いないだろう。

 

 昨日は「お兄さんが家から姿を消した」などと俺に電話してきておいて、本当はどこに行ったのか分かってたんじゃねぇか。


 さて、もう俺には亜井川の店が開く時間までやれることがなくなった。亜井川について花火に電話で聞こうと思っていたことも分かったし、まだ店は完全に閉じているだろうからどんな作戦を立てたところで実行することもできない。


 何かやるべきことは……あったな。瀬渡を解放してやろう。俺は瀬渡に過度な心配はしてほしくなかったので気づかれないように自分の部屋へ行く。そしてスマホを取り出し、彼に電話をかける。彼はすぐにでた。 


 咳払いをしてから花火のモノマネを始める。


「すいません〜憩野ですー! 今から機村きむらさんの所持する侮蔑兵器ディスパイズウェポンの一掃に取り掛かりたいと思うので、機村さんの居場所を教えて頂けますでしょうかー!?」

『ああ、そうか。ついに始めるか』

「はい」

『今から住所を送る。終わったらすぐ呼んでくれ』

「分かりました〜!」


 いや〜イイ声だったな海斗さん。電話を切るとすぐに住所が送られてきた。俺はそれ確認すると、リビングへ戻る。


 瀬渡はまだテーブルの上に座っていた。


「じゃあちょっと出かけてくるわ。腹減ったら冷蔵庫漁っといて〜」

「ほ〜い」


 そんな一つ返事をした瀬渡を尻目に、俺は手提げ鞄を片手に家を出た。


 ***


 東京湾沿いのバカみたいに大きい倉庫。元々何の倉庫だったのかは知らないが、機村さんはそこにいるらしい。


 山手線内回りで三十分。最寄り駅で降りて、俺はもうその目の前まで来ている。辺りは静かで、周りには数々の同じような倉庫があるだけ。


 俺は海斗さんに侮蔑兵器ディスパイズウェポンの一掃を頼まれているが、彼の目的は機山さんと話すことなのだから、俺は機村さんが所持する侮蔑兵器を一掃すればいい。


 どこで作っているのかも分からん制作途中の侮蔑兵器や、亜井川のリモコンように誰かが購入した侮蔑兵器までは破壊する必要はないだろう。というか、そんなの俺一人じゃ無理だ。


 現在七時半、朝の東京湾から漁船の汽笛が聞こえてくる中、俺は潮風に鹿撃ち帽を持って行かれないように手で押さえつつ倉庫の入り口へ行く。


 入り口の前へ行くと、侮蔑兵器らしきものを持った荒っぽそうな男三人が。

 立派な人間である俺は、下っ端さん達への挨拶を忘れない。


「邪魔。どいて」


 我ながらの素晴らしい挨拶を聞いた三人は皆俺を睨んできた。一言で他人の表情を変えられる、やっぱり挨拶って素晴らしい。

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