第11話 掴んでいるのは本当に手か

 俺は即座に花火の手を掴み、慌てている様子を装って


「すまん、俺たち部活があるから!」


 と適当なことを言って走り出した。


 そしてどこか隠れる場所を探しながらとにかく走った末、近くにあった小さなドアから一旦校舎の中に入る。向こうは追いかけて来なかったので、なんとかあの場を脱出することに成功した。


 なんか走り出した直後、後ろから「お幸せに……」とかいう声が聞こえて来た気もしたが気のせいだろう。気のせいであってくれ。


「ありがとうございます……探偵さん……」


 はぁはぁ息を切らしながら言う花火。


「いや、なんてことは無い」

「ちなみにあの子、生徒会の副会長なんですよ」

「え? そうなんだ……」


 なんだと? あの子の名前は栄綺。もし次の生徒会選挙であの子が勝って生徒会長になったら、この学校はロケットな団になるの二ャ。お前ら人間じゃねぇ!


「それはそうとこんな校舎の端っこに入っちまって悪いな。木の場所から離れてしまったか?」

「いえ、そんなことはありませんよ〜。むしろかなり近づきました!」

「え、でも校舎の中に来ちゃったよ? 校舎の中に木があるわけ……」

「まぁついて来てくださいっ!」


 そしてよく分からないが、俺は花火に黙々とついて行く。


 放課後の静寂。俺たちの足音が、辺りに響き渡る。壁を触ると、無性に冷たい。俺は高校にあまり良いイメージは無いが、この独特な雰囲気は心地よく感じる。


「ここです!」


 花火の足が止まり、そんな声が聞こえてきた。気づくと俺は、学校の端に位置する階段の二階と三階の間の踊り場に来ていた。


 ここだけなぜか、大きな窓にカーテンがしてあってものすごく暗い。


「なんでここ、暗くしてあるんだ?」

「暗くしてあるんじゃなくて、暗くなってるんですよ」

「それってどういう……もしかしてこれって!?」


 暗闇の中、その大きな窓をよく見てみるとこれはカーテンなどでは無かった。


 これは、大樹だった。


 おそらくここから見えているのは中間辺り。大樹と窓の距離があまりにも近いため、まるでカーテンがしてあるかのように暗くなっていたのだ。なので、窓に近づき凝視してみるとかすかに明るい夕日が見える。


「すごいなぁ、ほんとに木だ……」

「ソウデスネ……」


 何故か花火の不機嫌モードのセリフが聞こえてきた。また何か俺は怒らせたのだろうか?


「どうしたんだよ花火?」

「いや、虫ってやっぱり気持ち悪いな〜って……」

「ほ〜う……」


 おそらく花火は木の上にいる虫を見たのだろう。いいことを聞いたぜ。今度花火に遊ばれそうになったら、虫の話で対抗しよう。


「あ……」


観察を続けていると、ふと鳥の巣を見つけた。そしてそれは、窓を開けてちょっと頑張れば簡単に手が届きそうな場所にある。これは確かに平井健太を脅すのにちょうどいい位置だ。


 微かに、遠くから足音が聞こえてきた。俺は無視してこのまま木の観察をしようとした。


 しかし花火が俺のコートを掴み、下り階段の方へとぐいぐい引っ張ってきた。暗いので表情までは伺えないが、どうやら何かを急かしている様子。


「探偵さん!」

「ん、どうした?」

「おそらく平井健太君です!」

「本当か!?」

「はい! だから一旦隠れましょ……うわぁっ」


 花火が俺のコートから手を滑らせ、同時に彼女の悲鳴が聞こえてきた。暗闇でぼんやりとしか見えなかったが、おそらく花火が階段の方に落ちかけたのだ。


 俺は慌てて花火に手を伸ばす。


「花火!」

「きゃあっ!」

「……え?」


 なんで花火がまた悲鳴をあげたわけ? あれ……、俺が今掴んでいるのって……本当に花火の手か? それにしては柔らかすぎるような……


 まぁいっか。花火は落ちなかったし。


「大丈夫か、花火……?」


 すると、暗くて相変わらず表情はよく見えないが、明らかに怒り交じりな返答がきた。


「ありがとうございます。……で、探偵さん、いつまで掴んでるんデスか?」


 なぜ怒られてるんだ俺? なんか死ねって言われた気がしたぞ? 


 俺はそっと掴んだ手を離し、下に降ろす。すると、花火の手に当たった。


 え? じゃあ、さっき俺が掴んでたのは……? また俺の中で、昨日のタオル一枚の花火がフラッシュバックした。


 ……やっちまった。全て悟った俺は、全力で謝ることにする。


「……あああっのっ本当に、すいませんでした……」

「いや、別に助けてもらったのは私ですし、いいですけど」


 許してはくれたようだが、絶対今俺、睨まれてるわ……。


「本当にごめんな。それで、平井健太が来てるんだよな? よし、花火だけ隠れてくれ」

「探偵さんは?」

「俺は彼と話す。あ、これ持っておいてくれないか?」

「は、はい。…………分かったでしょ! ……私は全然……ガキじゃないんだから!」


 花火は俺の手下げバッグを受け取ると、文句を言いながら下の階に降りて行った。おそらく下の廊下の裏からこちらを覗くつもりだろう。そして俺は思った。


 ……もう絶対、花火に「ガキ」って言わないようにしよう。っていうか、言いたくても俺はもう二度と「アレ」に「ガキ」なんて言えないだろう。花火は予想以上に、「ガキ」じゃなかった……。

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