077:高速

バガッッン!


 下の階のドアと違って、大きい上に厚い。蝶番がはじけ飛び、少し飛んだ後、ゆっくりと床に倒れた。


「くっ……貴様、何者だ!」


 あれ? さっきも同じこと聞かれたような……っていうか、こいつら、俺の事知らないの……ってそうか。


 今アレだ、フェイスガードしてたや。


 まあ、敢えて教えてやる筋合いもないよな。無視だ、無視。


 六角棒を片手に無造作に踏み込んでいく。


 ちなみに、下の階のような仕掛けは無かった。この部屋は多分、社長室なのだろう。大きなデスクとソファにローテーブル。俺でも知ってる海外の有名メーカー製だ。


「な、何が目的だ! 雇われた報酬の倍出してもいいぞ? うちに寝返らないか?」


 直接的な勧誘。判りやすい。


 この会社の社長にして敵のボス。牧野文雄は中肉中背。顔も平凡。俺よりもサラリーマン面している気がする。

 着ているのはあくまで普通の背広。こんな夜中にって気もするけど、ボスっぽさは一切無い。


 無言で近付く。ヤツの両脇に裸の女性。が、二人。焦点のずれた目のまま、床に座り込んでいる。


 ……。なんかこれまでの女と雰囲気が違う……な。


「な、ここまで来たってことは、お前は凄腕のエージェントなんだろ? 頼む。どこの依頼かは知らないが、助けてくれ」


 そういう問題じゃ無いんだけどな。まあ、俺が用心棒的な存在だと思ってるんだろう。


「ちっ!」


 俺が喋らない=交渉の余地無しと判断したのか、文雄は何か手元をごそごそとし始めた。


 何だアレ……。手を動かして……口元もなにかブツブツと……「我が……おい……ずるのは、その……報わんが、その願いを叶えたり」……それは呪文かな? 


「やれ!」


 その瞬間。文雄の両脇に腰を下ろしていた女が二人、パキーンという効果音を出したかのように一直線に立ち上がった。


 そして……両方同時に襲い掛かって来た。


 うおっ。思わず、六角棒で受ける。速っ。今日戦ってきた中で一番速い……いや、速さだけならソードアント超えるな……これ。


 それが二人……いや、二体。グレーウルフの群れよりも上等な連携攻撃を仕掛けてくる。さらに……素早さを生かした立体機動。壁を上手く使って俺の前後左右上下……あらゆる方向から攻め立ててくる。


 最初は素手なのかと思ったのだが、彼女たちの武器は小さく細いメリケンサックだ。

 金属なのかどうかも良く判らないそれは、肌色……ベージュで塗られていて、六角棒で受けるまで気付かなかった。


 かなり冷静に対応しないと、「ブロック」で動きを止めるのも難しい。さらに……多分だけど……あのメリケンサック……気力=「闘気」を纏っている。

 でなければ、六角棒が押し込まれるなんてことは無いだろう。


 正直、喰らったら……かなりのダメージを受けると思う。「正式」纏いだけではどうにもならないレベルだ。


 なんだこれ。この強さ。気力……を全身に施してる……のか? ってそんなことしたら気力切れで……最悪死ぬだろ……って、死んでも良いのか。彼女たち意識が無いようだしな。

 こうして戦闘している今も、文雄が指を素早く動かしている。ああ。ヤツが人形遣い……か。


 狙うならそっち……だが。


 当然の様に彼女たちは文雄を守るかのように動いている。


 こういうときは折角覚えた遠隔攻撃でもある魔術で対処したいところなんだけど……正直、これだけの高速戦闘中に魔術の使用は難しい。

 何十秒、何分も詠唱しないと……っていうのは無いのだが、どれも一~五秒程度の発動準備と……それに対する集中が必要になる。

 

 ちい。俯瞰から見えてくる自分の戦闘がじり貧なのが良く判る。気力がな。厄介だな。


「くくく! 俺の操り人形は海兵隊のエリートたちを全滅させた事もあるのだ! 貴様なんぞ、敵ではない!」


 さっきまでの怯えていた表情は芝居だったのだろう。文雄が顔を歪めて、目をつり上げ、嘲笑を浮かべる。


「圧倒的な力に怯えながら死ねっ!」


 ……くっ。まあ確かに……言うだけのことはある。外見から頭脳労働系のインテリヤクザだと思っていたら、完全に武闘派だったっていうね。


 このまま、気力切れを狙って持久戦は……無理があるな。文雄はまだ切り札とかありそうだし。


 仕方ない……四肢を奪おう……。


 文雄が自分で言っていた通り、ヤツの人形、彼女たちは強制的に操られているハズだ。

 だって気力使い切ったら死んじゃうからね。こんなヤツのために自ら望んで死兵となる女なんていないだろう。


 出来れば気力が切れる前にあまり怪我させずに無力化させたかったが、現状、俺の手札じゃ無理だし、時間が長引けばどうせ気力切れで彼女たちはお陀仏だ。


「切り裂きの剣」で斬り落とすよりも、骨折の方が生き存える確率は高まるだろうし。


ガス


 二人が入れ替わり、壁を利用して立体的に攻め込もうとした瞬間に、「ブロック」最初から発生させておいて、それで進路を阻んだ。


 一瞬の隙。


 脛を横から殴り飛ばす。自ら反対に飛んで威力を軽減しようとしたみたいだか、それを超える速さと力で逃げる足を捉えて砕く。

 砕いた……と思ったが……折れただけみたいだ。ここも気力でカバーしてるのか……。そんな使い方してたら、早々に死ぬぞ。


 裸女Aの戦闘能力は格段に落ちた。ああ。そうか。これくらい裸女Bもこうして速度を落とせば、文雄を狙えるな。




 


 


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