030:女子ズ

「み、見ました? あの瀟洒な豪邸……」


 若島桐子はキリッとした表情をさらに凛々しくして腕を組んだ。美少女でありながら、美少年にも見えるその容姿は、昔から女子のファンが多い。学生時代は後輩女子のファンクラブが常に周りを囲んでいたことでも有名だった。


「あそこに独り暮らし……うん、これは予想以上にお買得物件かも……正直、グズグズのギャンブル、風俗大好き男で、最終希望はヒモです~なんていうのまで想定してたから、かなり得点アップだわ……」


 松山詩織は幼くえる可愛い顔に似合わず、冷静な分析を披露した。そもそも、彼女は非常に打算が働くタイプで、自分が損をするのを非常に嫌う。冒険とは無縁の鉄板人生。自分でもそう思っていた。


「桐子ちゃんはうん、猪突猛進するかな? って思ってたから、とりあえず、グループチャットを提案して団体行動に落ち着けたけど……そうなの~詩織ちゃんも……本気?」

「ええ。悪いデスけど、引きませんよ? 二人が男性経験値が低いのはよーく分かってるんですから。村野さんは絶対にいただきます」

「た、確かに、その通りだけど~」

「それは単純にヤリ〇ンってことじゃないですかー」

「異性恋愛経験ゼロに言われたくないわね! 私は普通に男女交際して来ただけです!」


 松山の目が……怖い。


「詩織ちゃんはこういう……一目惚れ系の恋愛はしないと思ってたわ」

「私もそう思ってたんですけどねぇ~なんででしょうね。なんだか、これを逃したら、一生後悔すると思ってしまって。それこそ、美南先輩は男が怖いタイプですよね……なのに、このバトルに参戦するとは思いませんでしたよ。しかもかなり積極的だし」


 三人は先ほど、村野久伸という男を家まで送り届けてきたばかりだ。ワゴンタイプのタクシーなので、後部座席は比較的空いている。

 村野は33歳の中堅商社の平サラリーマン。役職無し。ルックスも平凡。身長は180センチ程度と大きめだが、目立つところはそれくらいだ。


「……うん、ええ、私も詩織ちゃんに近いかしら。もうね……こないだ村野さんに「しゃがんで!」って言われたときから、子宮がうずいて仕方ないの」

「!」


 三人とも一流企業の受付~秘書業務を務める予定の才媛、何だかんだ言って良いところの御嬢様だ。今の最上の発言は非常にインパクトが大きかった。女子会話でもそうそう出てこない単語、さらに、最上がそういう下世話な話をするタイプではないことは二人もよく知っている。


「あの……実は……じ、自分も……その……あの時から回数が増えちゃって……犬みたいだな……とか思ってまして……」

「何それ。貴方もなの?」

「って、詩織先輩も?」

「えぇーー」

「三人とも感情もだけど、強烈に身体なのね……」


 三人が三様にドン引きだった。何よりもタクシーの運転手にそれを聞かれたくない……と思ったが、ドライバーは女性だった。男女関係に対して非常に狡猾な松山がついうっかりでもこの手の会話を男性のいる場所でするはずが無い。


「え。それじゃぁなに? あの時私たち三人はほぼ同時に、村野さんでぬれぬれになっちゃったってわけ?」

「詩織ちゃん、ちょっとはしたなすぎ」

「そ、そうですよ。詩織先輩」

「だってなんか面倒くさくなって。私たち三人とも完全に同種同類なんだから、いいじゃない。早々ないわよ? 一目惚れからの発情の同時進行なんて」

「そうだけれど」


 外見はロリっぽくて一番女子顔の松山だが、この中で一番、男らしく過激なのも彼女だ。恋愛経験数も友だちも非常に多いので、いつも指南役に回ることが多い。


「私もこんな感じのスタートは初めてなんですよねぇ……。なので、正直良く判らなくて。彼の事を思い出すだけで、じゅんときて、ジワジワときて、くちゅくちゅってなるというか」

「あーはい」

「……」

「スゴイですよね……これ。聞いたこともないですよ? あります? ここまではしたない感じになっちゃうの。これが特別じゃないんだったら、なんだっていう」

「でも、私たち三人とも同じ感じなんですよね?」

「それも凄いと思う。私たち三人とも、恋愛経験の熟練度、男性の趣味、かなり違うでしょう? なのに同じ様な感じで恋に落ちてる」


 三人ともいつの間にか腕組みをしている。確かに、いくら何でも同時に「肉体」が恋に落ちるというのは聞いたこともない。


「私はともかく……若島も美南先輩も恋愛はともかく、肉体関係、その開発なんてされてないでしょ?」

「……未開発の自信あります」

「……私も。この歳でアレだけど」

「別にそんなのは気にする必要は無いですよ。でも、開発度によって、反応は変わるモノだと思ってたんですよねぇ……だから、村野さんの魅力に気付いたのは私だけだろうと思ってましたもん。最初。二人はお子ちゃまだからって安心って」

「なんと」

「……」


 松山はこの美人で才色兼備な二人に、こと恋愛面では絶対に負けないと思っていた。例え二人と一人の男を取り合ったとしても、自分が手に入れる自信があったのだ。なので、当然、二人には内緒で村野に連絡を入れて直接攻略するつもりでいた。


 が。流れで団体デートすることになり、話をよく聞けば、二人の動機も自分とほぼ一緒。これはもう、どこか、首をかしげなければならない。


「何かおかしい力が動いているんでしょうか?」

「どんなですか?」

「惚れ薬……とか? 媚薬とか?」

「飲まされました?」


 二人とも首を振る。


「これがフェロモンってヤツなんでしょうか……?」

「そうなのかしら?」

「嗅いだことないから分かりません」


 とりあえず、これは……ということで、独り暮らしの松山のセレブマンションで飲み直しということになったのだった。


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