025:出勤
結界を覚えて、ワクワクした時点で、ハッとした。
これは……やばい……と。
余りにも楽しくて、余りにも夢中になっていて、「仕事する気が無くなってしまう」「さらに言えば、仕事の知識が薄れてしまう」。これは……マジだ。この歳になるまでゲームくらいしか趣味の無かった俺だ。それが肉体も頭脳も駆使して挑む「壮大な趣味」に出会ってしまった。
制作側の言い分によれば、まあ、うん、違うかもしれないけど、俺に取っては未だ、お遊びでしか無い。
単純にハマりすぎている。
以前……ネットニュースで見たことがある。それまであまり娯楽らしい娯楽が無かった国にいきなりインターネットが普及して、さらに無料オンラインRPGがプレイ出来るようになった。猿の様にプレイし続けた若者達が激増して、中には死亡者まで出現した。まあ、それはちょっと行き過ぎだとしても、数千人が体調不良となり、何百人が入院したのは確かだそうだ。公式に発表されていないだけで、もっと数は多いのでは無いか? と専門家がコラムを書いていた。
少々不安になった。俺は……既にその状況に陥ってるのでは無いだろうか? なってる。な。だって既に……何日になるんだ? こっちに居続けて。
ということで、レベル3になり、【結界】を覚えたところで、扉から自分の家に戻った。日付的には……日曜日の夜、20時だった。うん。ブロックと出会ってからまだ、二日経過してない。この調子でドンドン迷宮に潜ってたら……確実に外見年齢だけ凄まじく経過していくな。歳は33歳のままで、外見は70代なんて感じ? ちと怖いな。
特に、週末明けたらいきなり、皺が増えているとか……怖すぎる。髭なんかもちゃんと剃らないとかなり伸びるしな。
ということで、身嗜みを整えて、ゆっくりと風呂に入り、さらにメールで仕事もする。営業、フォロー、気遣い……等々、これまであまり連絡していなかった取引先にまでメールを送る。ただ単に自分の仕事勘を取り戻すためなんだけどね。久々な感じなので、おっかなびっくり、戸惑いながらなのはどうにもならない。間違いが怖いから丁寧になっちゃうしね。
そんな普段ならしないようなことをしているのも、「仕事が久々で楽しい」からだ。笑。さすがにあれだけ休暇を取れば仕事をしたくなるのは仕方ないだろう。これからも……ある程度ルーティンを決めた方がいいかもしれないな。一週間仕事をして、週末を……向こうで約一カ月過ごす。おし。とりあええず、それでいこう。一カ月なら、さすがに、仕事のあれこれを忘れることは……ないハズだ。うん。
バッチリ8時間睡眠を取って、さらに朝、ランニング。食事をして会社に向かった。余裕だ。本当に余裕がある。なんだこれ。純粋に体調がいいのもあるけれど……ああ、そうか。忘れてたけど、レベルアップのおかげで能力値も上がっているんだったか。
「おはようございます」
自然と声も大きくなる。ああ、なんていうことだ。この世界もこれほど輝いていたのか。迷宮戦闘に比べれば、サラリーマン仕事のなんと容易いことよ。というか、もっと力を入れて働かなければ、給料をもらうに値しないんじゃ無いか?
などと、以前からは考えられないくらい、熱血漢なリーマンとして営業周りをしていったところ、多くの会社から好感触を得られた。以前の自分も給料泥棒と言われないくらいには働いていたと思うのだが、心の奥底の部分で「肯定感」が存在すると、仕事相手にも伝わるのかもしれない。不景気のため、即契約……さらに再契約、延長なんていうところまでは至っていないが、ほとんどの取引先が「自分はお願いしたいと思っているんですが……」と担当者レベルでの判断を聞かせてくれた。
「村野くん、何か……良い事あったかい? もしかして結婚決まった?」
いえいえ……そんなことは一切なのですが……。
「止めてくださいよ、森下社長。それで本日は……良い話ですか? 悪い話ですか?」
「なんか、機嫌が良さそうだったからさ。キミ、いつも顔に表情を表さないじゃない」
「いやーそんなことないと思うんですけどねぇ……」
「そんなことアルって。バレニアの銃撃戦で助けられた時だって、表情変わってなかったからね。アレ、自分なんてマジデ死ぬかと思ってたのに」
「う~ん。覚えてないんですよねぇ。まあ、支部長を助けたおかげで、今もこうして契約させていただているわけですけれど」
「当然、それだけじゃ無いけどね? ちゃんと損得計算した上で、信用できるキミと契約しているんだけどさ。で、良くも悪くも無いよ。普通の話。とりあえず、来期もこれまで通り契約継続でお願いします」
「は、はい。ありがとうございます。いや、ありがたいです。この景気ですからね……再契約が取れない案件が増加中で……」
「だろうねぇ。うちも特定部署はとことんダメだからね……。
株式会社ファーベル。近年改名したので業界でも余り馴染みが無いが、元春日部興産と言えばピンとくる人も多いはずだ。
森下社長は、そのファーベルの現社長である。中東支部長だった頃に、前述の様に戦火に巻き込まれ、二人で三日三晩ほど異国の地を彷徨った事がある。
まさに「死ぬかと思った」案件である。
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