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152.君に会わなきゃ終われない。


 後始末とは何だって億劫だけれど、にしても今回は法外だった。


 瓦礫の平原に変えられた都心部の復興の目途は立たないし、私はあの後ぶっ倒れて死にかけるし。


 悪魔らいになって血が変質している所為で人間の治療は受けられない。だけれど作りは人間に近いから、点滴を打てば栄養は摂れる。薬はまるで効かないが。悪魔らいが身体を壊した時の対処法は、兎に角食べて眠るだけ。一週間も点滴を打ったまま寝込んでいたらしい。ずっと側に貼り付いていた鉄村が、目元をクマで真っ黒にして言っていた。


 目立った傷と言えば『餓牙がが獄送ごくそう』で一度斬られたのみの裁は、半日後にはケロっとしていたらしい。とは言え大量の魔力を消費したので、全身重い筋肉痛みたいで怠いとか、超眠いとかぼやいていたそう。鉄村がエナドリを買ってやったら黙った。要はやっぱり、その程度という事らしい。上手く言えないが何かムカつく。


 私が目覚めてからはこの一連の経緯を、裁と鉄村に同席して貰い御三家に説明した。こんな大きな事件の発端とは私と帯刀おびなたの、家族への反抗に過ぎなかった事を。確かに天喰あまじき家は、魔法と魔術、そして悪魔に振り回されて今日に至っているし、決して御三家も無関係では無いけれど。とは言え街を混乱に陥れた罪は、手放しに許されるような重さじゃない。


 だが御三家も他の魔術師も、本件に協力した狩人らすら、私を不問にした。裁にすら、私によって無害化され償いの手段も渡されているからと要求も無し。もう魔法使いではないので、妹さん含めて追い回さないと約束までしてくれた。


 拍子抜けと言うのか、どんな顔をすればいいのか分からない私に、その場を取り仕切っていた鉄村清冬は言った。確かに思う所は多々あるが、それを責める権利は我々には無い。劇場支配人の悪魔を退け、裁を無力化させ、そして何より、それ程激しく人と悪魔を憎みながら、決して死者を出そうとしなかったからと。今後も私が望むなら、この街で魔術師を続けて欲しいとまで頼まれた。何でそんな事を言われるのかさっぱり分からなくて呆然としていると、最後にかっと笑ってこう付け足して。


「ただし条件がある。今後は何か困った事があったら、どんなに些細であろうと必ず俺達に相談するように。何故なら大人の役目とは子供を守る事であり、それを果たせなかったのは紛れも無く、俺達の罪なのだから。こんな形で申し訳無いがまずはこれで、賞賛と贖罪の一歩目とさせて欲しい。〝不吉なる芸術街〟にて最も気高く、最もあらゆる規律を壊した魔術師よ。つかぶっちゃけ、君が余りに丸く収めてしまったから、もう俺達には後始末ぐらいしか格好を付けられる場所が無い。という訳で俺は復興についての会議で役所に呼ばれてるから、お前ら解散! 手が空いてる奴は瓦礫撤去を手伝え! 子供はいい加減子供らしく、その辺で遊んでるように!」


 夢でも見ている気分だった。あれだけ脅威と捉えていた物事が、それはあっさりと過ぎ去って。


 鉄村家の屋敷を後にした私達三人は、おのぼりさんみたいな気分で互いに顔を見合わせた。学生の正装と言えばという事で三人とも制服だから、進学と同時に上京して来た学生みたいに見える。


 まず裁が、吸血鬼となって日光に弱くなった関係上日焼けしやすくなってしまった肌を守る為、荒れた天喰あまじき家のリビングを片付ける事を条件に部屋を貸せと切り出して来たので鍵を渡す。七ヶ月も〝館〟に隠れてたんだから多少浴びた方が健康的なんじゃないかと尋ねたが、そもそも日焼けが嫌なんだそう。つまりこの交渉の真の目的は、宿無し状態を脱する為では無く美容だった。呆れ顔を向けるより先にさっさと歩き出された為、胸で何だこいつと零して見送る。


 鉄村は、裁が天喰家を荒らすんじゃないかと心配になり後を追った。もう私が貸す『親喰おやばみ鬼鶴おにづる』以外、魔法も魔術も使えないんだから好きにさせておけばいいじゃないかと窘めたら、そういう問題じゃなくて他人にほいほい家の鍵を渡す私の感覚も大概だし、見失うと連絡手段も無いから後が面倒過ぎると言って走って行く。スマホ使えばいいだろと言いかけてふと思ったが、確かに連絡した所で、一週間前までバリバリに敵対していた裁がそうあっさりと応じるだろうか。無視されるのが自然に見える。


 私は事前に二人に話していた通り、壊れた〝館〟から回収され、各々スペースに余裕のある施設へ一時預けられている、瓶の一つに会いに行った。


 それは中に収まっている〝患者〟の姿の所為か、古くて胡散臭い医科大学にいた。どういう学風なのか、褪せたコンクリート壁のあちこちに献体にご協力下さいと書かれた紙が貼られた廊下を抜けて、今は使われていないという資料室の戸を開ける。


 薄暗い部屋の中は、整然と並べられたまま空っぽになっているスチール棚の群れを左右に両断するように、太い通路が伸びていた。その中心にぽつりと置かれた角椅子の上に、今母体から抜き取られたばかりのように生々しい、一本の人間の臍の緒が入った瓶がある。私が変身の魔法をかけた帯刀だ。



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