119.まだもう少し踊ろうぜ。


「何?」


「今朝〝館〟で腰を抱かれた。〝患者〟の瓶が収められてる部屋で」


 至極真剣に聞いていた裁は、それはもう胡散臭そうに顔を歪めるとじっと睨んで来た。


「……朝から何やってんのよあんたら。あない暗いとこで」


「馬鹿何勘違いしてんだお前だって隠れて見てたんだろ〝館〟でェ! つか七ヶ月もどこにいたんだよ私毎日通ってたのに!」


「まず吸血鬼の力で煙になって侵入して、〝患者〟の部屋に紛れ込んだらキャビネットやシャンデリアに積もった埃に混じってじっとしてた」


「忍耐力とんでもねえな!?」


「あと、あんたが通っとった部屋とは別室よ。音であんたがよう来てたんは知ってたから、もし見つかったら難儀や思ておんなし部屋に居合わせる状況は避けたんよ。最初に〝館〟で顔合わせた場所も、室内やなくて廊下やったやんか。今思えばあの眼鏡があの時〝館〟におったんも、あたしらに対する挑発やったんやろな。もう諸共殺す方が楽しいそうやけど、元はあたしとあんたの対決を見たかったみたいやし。結果的に〝館〟に誘い込んだあんたを、あたしに差し向けられたからな。……あいつはあの場で殺したつもりやったけど、あたしが先に皆殺しにした職員の死体で用意したパチモンで騙されとったみたいやな。流石に自分のパチモン作るんは上手いみたいやで」


 つい怒りが滲む。


「……あいつどこまで私達を振り回せば」


「で、心当たりは?」


 かさず冷静に尋ねて来たその声音で宥めようとしているのが分かって、何とか怒りを押し込めた。確かに苛立っていい時間は無い。


「あいつはあるキャビネットの前にいて、その棚の一つをじっと眺めてたんだ。それは帯刀おびなたが入った瓶がある棚で、私はあの部屋に帯刀の様子を確かめる為毎日通ってた。あいつは帯刀を見て、私を危険だと思ったんだろうよ。その直後に腰を取られたんだから」


 裁は怪訝そうに眉を曲げる。


「……あんたが帯刀おびなたさんにかけたんは、変身の魔法やろ? あないな簡単な魔法人間にしか効かへんし、悪魔がビビるようなもんやあれへんけど……」


「魔術もかけてるんだ。私がこうやって、帯刀おびなたをほったらかしに出来てる理由だよ。……帯刀には言ってないが、あいつが〝館〟に収められた後あいつの瓶に、万一職員以外の誰かが触れると攻撃するよう魔術をかけてる。消費する魔力の膨大さから悪魔らいしか使えないだろう、魔法同然の強烈なものだ。それに気付いた劇場支配人の悪魔は自分にその魔術を使われないよう、私に服従の魔法をかけたんだろうよ。周りに職員がいないタイミングでかけたから、いちいち魔術名も明かしてない。もしかしたらその魔術名を知らない関係上、あいつは私が持ってる魔術全部に制限をかけてるかもしれない。私はこの瓶に入ってからずっと全力で振ってたつもりなんだが、『一つ頭のケルベロス』の威力に波はあったか?」


「あった。最初の斬撃は駅の高架線を潰す程度やったけど、その後ピエロに攫われてからの斬撃は駅を周辺施設ごと壊しとった。威力自体は徐々に上げてるように見えたけど、そもそも余力を感じて全力には見えへんかったで」


 堪らず渋面を晒した。


「……つまり腐肉に乗ってる魅了の魔法を躱しても、いざって時は服従の魔法で抑え込まれるって訳か」


 劣勢を押し返そうと踠いていたゴーレム達が、地中からもりのように突き出す腐肉に撃砕された。隕石のように飛び散った瓦礫はこちらまで飛んで来て、私達がいるビルにぶつかって衝撃を寄越して来る。


 ぐらぐら揺れるビルの中、頬を伝った汗を滴らせる裁も肩を竦めた。


「文字通り、絶体絶命ってやつやな。あたしの付与の魔法エンチャントだけやったら火力不足で敵わんし」


 ゴーレムを蹴散らした腐肉のもりは目的を失ったように宙で数秒ふらつくと、手当たり次第にまだ崩れていないビルへ飛んだ。私達諸共串刺しにしようとビルを破壊していくその中の数本が、吸い込まれるように向かって来る。


 私も参ってしまって、その切っ先を眺めながら尋ねた。


「……未だ大事に取ってる、〝魔の八丁荒らし〟の由縁たる二つ目の魔法は効きそうか?」


 裁は愚問でも投げられたような顔になる。


「効くんやったら使つこてるわ。試してみようにもあの腐肉には付与の魔法エンチャントが効かんて分かってる以上、下手に魔力の浪費に終わりそうな事はしたないし」


「そりゃそうだ。そう言えば、サーチライトとコンフェッティは何か分かったか? ずっと気になってるんだけれど何もして来ないから、気味悪くて。瓶の外ではお前のゴーレムを壊して風船みたいにしちまうし……」


 裁はぽかんとしたと思うと、すぐ怪訝そうな顔になった。


「……いや、あれは見たまんまよ。パーティなんやから」


 意味が分らなくて、一瞬固まった。でもすぐに、理解が怒りで熱くなった血と一緒に頭を満たす。


「飾りかよッ!」


 窓をぶち破りカウンターを砕いて迫る腐肉の銛を、立ち上がって拳と尾で殴り飛ばした。


 触れた以上腐肉の鈍化が入る。裁は即座に私の腰に左腕を回し、フロアを暴れる瓦礫と共に奥の窓へ走ると蹴破った。砕いたガラスと共に地上三百メートルの空へ飛び出すなり私へ怒鳴る。


「せやから簡単に触んなて!」


「今私がお前の声に気付いて言い返すまで何秒かかってる!」


 裁はぽかんとするが、腐肉による鈍化がどれぐらいなのか知ろうとした私の意図を即座に察し表情を引き締めた。


「……三秒! 接触後の鈍化が解けたら言うたるから、分かりやすいように周りよう見とけ!」



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