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101.悲しんだって喜んだって、みんな同じ!


「今朝の四つの彫刻はお前への案内だ」


 青砥あおと部長は言葉が出ない私に代わるように、上機嫌で裁へ話し続ける。


「芋虫の悪魔から受けた呪いで、お前の寿命は本日の日没まで。それを突き止めた俺はお前を〝館〟に閉じ込め、命日となる今日まで焦らしたのさ。万一天喰あまじきと対決する前に他の魔術師にやられちまったらつまらないってのが理由だったが、もし命日の前にお前が俺の正体に気付いたら、それはそれで面白い」


 青砥部長は遠い目になると恍惚とした。


「今年の春から今日までの七ヶ月間とは素晴らしかった……。神経を磨り減らしながら被害者面し続ける天喰と、何も気付かずそれを心配し続ける周囲の人間……。なあ天喰、お前の事だから心配して来る人間達に、凄絶な罪悪感を覚えてたんだろう? この頃痩せたと見たが原因もそれだ。裁、お前も迫る寿命と妹が無事でいられるかに、ずーっと気が気じゃなかっただろう? 何せお前の作風を真似て作った彫刻を並べてやったら、飯代わりに人間の血でも飲もうと外出してたのかお前は、慌ててゴーレムを差し向け調べに乗り出した! ハッハ! 今朝美術館にゴーレムがいたのも回収された俺の彫刻を確認出来ないか探し回ってたからだろ!? でもまさか〝館〟では問答無用で殺されるとは思ってなかったぜ!? まァいいさ! お陰で今日という日を迎えられた! 天喰、裁! お前らの予定を滅茶苦茶にした俺が憎いだろう!? さあその憎悪を存分にぶつければいい! 俺はもうだんまりは決め込まないぜ! 勝てば一件落着かつ、あらゆる願いを叶える悪魔の腸が手に入る! 悲運と不幸だらけのお前達なんだ、お釣りが来るぐらいのハッピーエンドが欲しいだろ!?」


 都心部を覆った瓶の周りで佇む灰色の人型が、被った胴を持ち上げるように背骨を伸ばした。被った胴の首がある筈の位置の空洞から、無線機から赤子の泣き声を流したようなザラザラとした叫びが放たれる。


 その叫びが合図のように、人型の足元から放たれている濃霧が広がる速度を増加させ、津波のように辺りを吞みながら押し寄せた。濃霧の海はあっと言う間に私達が立つ壁にぶつかり、そのまま街の外へ飛び出そうとするが、見えない壁でもあるように街の中で収まり停滞する。


 ……街の外の魔術師に侵入されない為か、そもそも認識されない為の結界か。魔法使いと悪魔の神出鬼没な性質を支えているのは、この手の隠匿に長けた魔法を使っているからという事はよくある。なら不気味な人型も、鉄村清冬の『苦海の檻』のように、その魔法を吐く為の装置か何かか。


 全ての準備が整ったのか、ずっと宙で逆様だった青砥部長の身体が、スイープ秒針のように回って頭を空に向けた。スクエア型メタルフレームの眼鏡を押し上げる指が作った影の下で、嗜虐的に微笑む。


「もう俺を殺さない限り、逃げ場もえんだしよ」


 どうやら、言いたい事を言い終えたらしい。


 私はやっと全ての元凶への確信を得て、肩を落とし、鼻で息を吐いてから確かめる。


「……つまりこの状況が起きているのは、悪魔らいの私がこの街にいるからで、裁もあなたも、それに引き寄せられたに過ぎないって事ですね」


「気に病む事じゃねえさ」


 青砥部長は人間では無いからだろう、何も分かっていないような、穏やかでズレた笑みを浮かべた。


「ただの必然だ。お前が何をしてもしなくても、お前が悪魔らいって時点で魔法使いが寄って来るのは当然であり、そんな奇妙な境遇に興味を持って、悪魔がやって来るのも不思議じゃない。お前だって自分みたいな奴と出会った事なんて、一度も無いだろ?」



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