帯刀おびなたとは幼稚園からの付き合いだ。


 当時からインドア派で多くはない友人と絵を描いて過ごしていた帯刀に対し、私は一人窓の前に座って、園庭で遊ぶ同級生らをじっと眺めていた。私の方はまだ通い始めた頃こそまだ園庭に出て人気の無い遊具で一人遊んでいたが、誰かに後ろから服の中に毛虫を入れられてから、外に出なくなったのだ。私の虫嫌いはこの経験が原因で、〝患者〟の症状による鉄紺てつこんのインナーカラーはあの頃から悪目立ちしていて、同級生らにからかわれていたから。


 変な色だの頭だのと、今と大差無い言葉を、幼さからの加減知らずな勢いで沢山浴びた。殴り飛ばしてやったら母が飛んで来て叱るのでやめたし髪を切りたかったが、母が女の子がそう短い髪にするものではないと許可しなかった。確かに当時の私とは今よりまだ短髪だったし、あれ以上切ってしまうと今度は男みたいだとからかわれると思うと、母のどこかズレた意見も、納得出来るような気になった。だから園内にいる間は口を利かないで、外を眺めている事にした。


 帯刀に声をかけるきっかけになったのは、雨の日だった。講堂に行けばいいのに、外に出られない事を理由に部屋の中で騒いでいた男子グループのボールが、帯刀が絵を描いて遊んでいた画用紙を弾き飛ばしたのだ。


 帯刀はそれだけでわんわん泣き出し、バツが悪くなった男子グループは、そんな所で絵を描いている帯刀が悪いと責めた。それを窓際で聞いていた私は、講堂に行かないお前らが悪いだろと男子グループへ言い返した。自分達を正当化する為に帯刀一人に寄って集るその様も、何も言い返せない帯刀を黙って見ているのも不愉快だった。


 変な頭の奴は黙ってろとか何とか怒鳴って来たので、まだ泣いている帯刀の元へずんずん歩み寄って、そいつらが遊んでいたボールを投げ付けてやった。その後は取っ組み合いの喧嘩になって、確か向こうの内の一人の鼻を、折った気がする。私は腹に青痣が出来た。勿論すぐに先生が飛んで来て引き剥がされたからあっと言う間の喧嘩だったが、案の定母がいつもの口癖の、「お父さんを困らせないようにねって言ってるでしょう」を交えながら私をどやした。


 私は絶対に謝りたくなくて、一言も口を利かなかった。園の連絡を受けた帯刀の母親もやって来た際、偶然帯刀とはほんの近所に住んでいた事を耳にした。鼻を折られた男子の親へは、母が謝ったのだろう。この件以降同級生らは私をからかう事を控えたし、私は帯刀と遊ぶようになったから、周りの変化について詳しく記憶していない。


 これぐらいの歳同士で友達を作る理由なんて、たまたま近くにいて遊びの都合がつきやすいからという、あって無いようなものだ。小学校を出る頃にはすっかり疎遠になっている事も珍しくないし、それは何も悪い事じゃない。


 でもよく覚えている。母に怒鳴られた事が気に食わなくて、一人ぶすっとして近所の公園で草を千切っていた私を見つけるなり帯刀が、私の鉄紺のインナーカラーを指して、ずっと綺麗な色だと思ってたと言ったのを。


 そんな事を言われたのは初めてで、私は髪を短く切るのをやめた。周りの目は相変わらず鬱陶しかったけれど、前よりは少しだけ、気にならなくなった。


 帯刀もすぐには泣かなくなって、本当はじっとしているより走り回りたかった私に引き摺られるように、外でも遊ぶようになった。雨が降れば水溜まりにはしゃいで、晴れればそれだけで嬉しい。何でも出来て、どこにでも行ける気分になった。親の前でも上手く出せない年相応の笑顔を、何ら苦しまず浮かべていた。お互いに。



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