17

こんな話に、タイトルは要らない。


「お前は自分を騙す時どうやってる」


 さいは訝しむように、僅かに眉根を寄せた。


 私は、悪魔のような薄笑いのまま告げる。


「私はお前のように芝居上手じゃなくてね。信じ込ませたいその設定を、常に頭で言い聞かせてないとやってられないんだ。人類史上最悪の犯罪者、魔法使い。私の生涯目標は、こいつら全員殺す事。私の願いは、今日も救えていない友人を苦しめる魔法使いへの、復讐だってのに。全部嘘さ。笑えるだろ? 誰も聞いちゃいないのに腹の中ではこんな事ばかり考えて、私とは哀れな被害者なんだと七ヶ月間も振る舞ってた。お陰で美術館でお前のゴーレムを逃がそうとした時なんて、いもしない帯刀おびなたを襲った魔法使いに対して本気で怒りを覚えたよ。とうとうイカれたと思ったね。私が帯刀を〝患者〟に変えて、私が帯刀を〝館〟に閉じ込めたのに。〝館〟では嘘だと知らずに私の言葉に乗ってくれた、お前の面は最高だった。間違い無く付与の魔法エンチャントにおいて最強の魔法使いのくせに、なんて御しやすい奴なんだろうと思ったよ。そこまで私の悪魔のはらわたが欲しいんなら、そいつを餌にする限り何があっても諦めないし私の言う事にも従うってね。今お前を出し抜けてるのは私のさかしさじゃない。お前の馬鹿正直さのお陰だ」


「ただの復讐が目的やったら帯刀さんを〝患者〟にせなあかん理由なんて無かったよな。あんたが悪魔らいとしてそこにおるだけで魔法使いは勝手に寄って来るし、魔術師かってそこら中におるやろ」


 大真面目に問い詰めて来る裁をつい鼻で笑う。


「何怒ってんだよ。お前と帯刀は他人だろ?」


「こそこそ隠れて被害者面までして、必要性も無いのに関係無い人巻き込むそのやり方が気に入らんねん」


付与の魔法エンチャントこそ隠れるべき性質の魔法だろ。平気で敵前に現れるお前の感性は、〝魔の八丁荒らし〟に相応しくなかったぜ」


 もし裁がいきなり姿を晒してくれていなかったら、私はあの広大な〝館〟を、当ても無く走り回る破目になっていたと言うのに。


 勿論その間は、一方的に攻撃を浴びる事にもなる。これ程頭の回る奴がそんな見落としをする訳が無いので、わざとだろう。こいつ自身の性格なのか、プライドの高い魔法使いの性なのか、妙に堂々とした振る舞いを見せる所がある。


 それに〝館〟ではえらく目がいいと思っていたが、あれは恐らく魔法で無く吸血鬼の知覚によるものだ。怪物の知覚が、あくまで魔法が特技である悪魔の感覚を凌駕する事は珍しくないし、故に怪物達も悪魔に淘汰されず存在している。それが悪魔喰らいにも有効である事も、分かっていただろうに。


「喧しいわ」


 裁は燃えるような怒りを目に宿し、前のめりになって凄んだ。


「あたしはあんたみたいに、自分がやった事を人になすり付けたりなんか絶対せん」


 いじらしくって嗤笑ししょうしてしまう。


「そうだな。折角せっかくのダミーを自分そっくりに作るような奴に、そもそも合理性なんて欠けてたよ」


 どうやら生来の気質か。確かにこいつは、『鎖の雨』を破壊されてからというもの一度も隠れようとしなければ、御三家を脅迫するような豪胆ささえ見せている。一度〝館〟から離れた理由すら命が惜しい故の逃亡では無く、妹の身を案じての確認だった。もし美術館の魔法使いがグラウンドにいたら、迷わず戦う気だったろう。追っ手の魔術師や、と狩人すら相手取る覚悟で。でなければああも分かりやすく移動して、追跡を許した理由が無い。あの状況で、あれ程巨大な棺を難無く作り上げた腕を持つのだ。妨害の為に付与の魔法エンチャントを用いる事は出来た筈である。それをせず、そして今も魔法を見せないという事は、逃亡でも騙し討ちも無く、その全ての敵対者と正面から相対し、己で蹴散らす為に魔力を温存しているという意志の表れに他ならない。妹を守り、私から悪魔のはらわたを奪い取って、自分の願いを叶える為に。恐ろしい程の出来で拵えた偽物さえ自身を模して、敵とは己であると表明し続けながら。


 それはその身を蝕んでいる、妙に正々堂々とした精神への言い訳などでは無い。魔法使いとして最強の称号かつ、決して悪魔から逃れられない呪いの名である〝魔の八丁荒らし〟を授かった己への、絶対的な自信だ。これが最善策だとこいつとは、本気で信じている。ならば散々見せつけられて来た傲慢さも生来か。下手に上貂かみはざの『責め苦のプレゼンター』を、解いてやるべきではなかったか。


 あれは誰彼構わず絶対的な命令を下す魔術でありながら、術者の上貂かみはざが対象に恐れを覚えると無効になってしまうという呆れたものだ。あの小心者のくせに他者を蔑むのが趣味のような性分と、粛清のミニレッキスなどと大層な渾名あだなを付けられる原因となっている言動は、『責め苦のプレゼンター』を扱う上で避けられない虚勢である。絶対的な命令を下せる筈なのに裁に死ねと命じられなかったように、あいつとは救いようの無い臆病者だ。〝不吉なる芸術街〟を混乱に陥れるような強力な魔法使いを相手に、もし自分の魔術が通じなかったらどうしようと最初から恐れていたのだ。執拗に裁を殺せと鉄村の父へ迫っていたのも、恐れの裏返しである。身体は何ら威厳の無い兎に変えられ、目の前には御三家総出でも殺せると言い切れない魔法使い。この凄まじい恐怖を押さえ付けて命じられるのは、精々四肢を封じる程度だったという訳だ。


 裁を捕らえ、何とか保たれていた奴のプライドを、私の『韜晦とうかい狗盗くとう』が崩した格好である。奴が私に向ける態度も悪魔喰らいという身分を恐れての事であるのは分かっているし、父を拒絶し街から追い出そうとしていた過去も知っている。恨みを持たれて当然である相手がまさか、自身が追い出そうとしていた男と同じ魔術を使って反逆してくれば、恐れを覚えない筈が無い。故に『責め苦のプレゼンター』は解け、私は裁に転ばされている訳だ。少なくとも今日中に『責め苦のプレゼンター』が、私と裁に機能する事は無いだろう。


「まあいいさ。ここまで来て隠し事も無粋だろ。円滑な取引の為にも、誠意を示すさ」


 嗤笑を引っ込めて切り出す事にした。私が大嘘つきになった発端を。全てを欺き敵に回してまで、叶えたかった本当の願いを。


「これは、両親からネグレクトされ続けた帯刀と、悪魔喰らいだと周りの大人から冷遇されて来た私が、我慢の限界を迎えて起こしたただの反抗だよ。よくある事だし全く面白くも無ければ、どうしようもないだけの長話さ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る