80.本物の大役者
引き上げるように裁を立たせると手を離す。
「美術館の魔法使いについて知ってる事を話せ。こいつは足がつかない魔術だから時間はあるが、のんびりしていい余裕は無いぞ」
辺りへ流していた視線が、調子外れに床へ傾いた。足を払われたと気付いた頃には背から倒れていて、大口を開けた裁が覆い被さるように襲いかかる。吸血鬼らしくやたらと鋭い犬歯が、ナイフのように閃いた。
「私の血は飲んでも意味無いぞ」
告げた言葉に空気が固まる。
何ら抵抗する気が無い私は面倒臭くて、乱れた髪も投げ出された手足もそのままに、嚙みたきゃどうぞと頭を右へ傾けた。晒された左側の首筋のすぐ先には、左腕の欠けた四つ這いで止まった裁の牙が宙ぶらりんになっている。
剣呑さだけを纏った裁の目が、じろりと脇へ流れて私を見た。
嘆息を堪えて言葉を継ぐ。
「限界値以内の傷は無かった事にするんだから、離れた血肉も失せる」
落ち着き無く私の周りを歩いていた『
視線を裁の左腕へ流していた私は、顎でそちらを指しながら裁へ告げる。
「自分の血を飲んだ方が腹は膨れるぞ?」
裁は左腕に一瞥もくれず、見た者の息を止めるような鋭い視線のまま、私を見下ろし吐き捨てた。
「あんたってほんま悪趣味やわ」
その低い声は嫌悪と軽蔑に満ち、有刺鉄線のように刺々しく私を拒絶している。這うような姿勢なのが嘘のように、目が不穏な熱にギラギラと輝いていた。
徒労をしたいならお好きにどうぞと、姿勢を変えない私は気怠く告げる。
「お前はこの取引を断れない。正体を暴かれた上に狩人まで敵に回して、この街から逃れられると本気で思うか? 魔術師に妹を人質に取られて捕まるのが関の山だし、魔術師はお前を殺した後、裁家の人間って理由で妹も殺すだろうさ」
「絶対にさせへん」
「歪んでも家族愛ってのは美しいね」
「
真っ当な人間みたいに感情的になって迫って来る裁を、
そのただ面倒そうなだけの私の面に、裁は確信を得たように辟易する。
「……やっぱりちゃうんかいな」
芋虫の悪魔の恨みを買い、
廃墟同然だった
「当たり前だろ」
歯を覗かせた私は、不健全に笑った。悪魔のように。
「あいつに魔法をかけた魔法使いとは、クソジジイが食い殺した悪魔の魔法を使った、私なんだから」
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