71.※ルサンチマン!!


 鉄村はまだ打ちのめされていた。やっと浅く息を吸うと、言葉にする。


「……それを果たせば、お前はそうやって、溜め込まずに済むのか」


 反応に待ち草臥くたびれていた私は、嘲りを滲ませた。


「多少は気晴らしになるかもな。お前ら街の魔術師が私を恐れて、こんなもんを下げさせたりしてるんだから。本当にいいご身分だ」


 左手を胸元に伸ばすと、ドッグタグネックレスを摘み上げてみせる。すぐに捨てるように手放すと、チェーンが大仰に音を立てた。


 その余韻を聞きながら、ゆったりと左手を下ろす。


「この街の魔術師は、特に懐古主義であるが故に強大だ。魔術の秘匿性の維持を強く重んじ、そこから生まれた気質は排他的で、内部にも外部にも酷薄を強いる。だが、私の父のような流れの魔術師なんて胡散臭い奴を受け入れられたのも、その厳格に律された気質の下に育って来た、上質な魔術あってこそだった。束になって魔法使いに挑むのが魔術師の基本でありながら組織に属さずフラフラしてる奴なんて、腕前以前に魔術師として相応しくない。そんな奴でも組織としてコントロール出来ると判断に至ったのは、このドッグタグのような管理能力に長けた魔術の使い手を多く抱えてるからだ。悪魔らいの魔術師なんて正気を持ち合わせて無さそうな奴、並の魔術師じゃ仲間に入れられない。それでもお前らは、私の父を忌避したけどな。やっと母との婚姻届を出せた父は、母との生活と街の信用を得る為にあくせく働いた。悪魔喰らいになったのはクソジジイの所為だと文句も垂れず、率先して魔法使いを相手取った。その戦い振りにお前らは尚更父を恐れて寄り付かなくなった。一人で魔法使いを殺せる魔術師なんて見た事が無いってな。狩人から転身したばかりでまだ魔術師の気質に疎かった阿部さんと、上貂かみはざのウサギの猛反対を押し切って父を街に迎えた、お前の親父さん以外。父を追い出すべきだと音頭を取ったのもあのウサギだったな。御三家の一人が言うんじゃ大抵の魔術師は逆らえない。まして相手は粛清のミニレッキスだ。それでも魔術師としての信用を得る術とは、魔術の秘匿性の堅守と、魔法使いを殺すにおいての腕しか無い。父は馬鹿正直に一身に戦いを引き受け続けた果てに、悪魔喰らいなのが嘘みたいに死んだ。お前の親父さんは最後まで、父に付き合ってくれたそうだがな。国一番の腕利きが集う〝不吉なる芸術街〟の魔術師にも断られたなんて経歴が付いたら、いよいよ誰も受け入れちゃくれないって、ウサギの反対を押し切ったのも知ってる。だが私にとってそんな事は慰めにもならない。父が死んで精神を病んだ母は、父に似てる私を見るたびにヒステリックを起こすようになって、気付いたら首を吊った。これは私のお目付け役なんだからお前も知ってる話だし、お前を恨む理由は無いけれど。お前は直接この件に関わった訳じゃないし、お前の親父さんには感謝してる」


 黙って聞いていると言うより、言葉を発せなくなっていた鉄村は、私が話し終えると義務のように口を開いた。


 その暗い顔は表情筋が切り落とされたように固く、ただ落ち込む事も許されないような罪悪感と緊張を滲ませて問いかけてくる。


「……街が危機に陥ってる今を妨害すれば、手っ取り早く魔術師達に復讐出来るってか?」


 一語一語がそれは慎重に選ばれたと分かる、掠れた声だった。



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