53.ヒーローは遅れてやって来る!


「心底身勝手だよお前らは」


 ぶつかり合い、火花と金属音を撒く刃越しに裁を睨んだ。


 奴の目が、プライドを踏みにじられた怒りと憎悪に燃えるなら、私の目は、私を取り巻くもの全てへの恨みと、己の虚しさにギラつく。


「元はと言えばお前らの所為だろ魔法使い。身の程知らずな夢を見たお前らが、悪魔に魂を売ったから魔術は起きた。お前らさえいなければクソジジイも平凡なまま死んだだろうし、クソ親父だってあの歳で死ぬ事もきっと無かった。私だってこんな所で死にかかる破目はめにならなかったし、帯刀おびなただって……。〝患者〟にならずに済んだんだ!」


「身の程知らずな夢なんざ誰でも見るわ」


 裁は青ざめながら嗤笑ししょうした。


「一回切りの人生をあんたみたいに、立場やら役目やらに縛られて幕引きなんざ御免やね。誰かって生きとるだけで、誰かを侮辱し傷付ける。それを避ける事は絶対に出来でけへん。自分の目に見える所だけ小奇麗に飾ってお説教とは大した身分や……。あんたも魔術師なんやから、殺しの一つや二つ当然の義務やと正当化してこなして来たんやろ! 自分の街を、友達を、家族を守る為に、確かに誰かを犠牲にして生きて来たあんたら魔術師とあたしら魔法使いに、違いなんてあるかいな! 中途半端にええ子ちゃん振るぐらいやったら、はっきり物言うてやり切れや気色悪い!」


 互いを黙らせようと一層激しく押し出された二つの刃が、完全に拮抗する。爆発し損ねた二つの狂暴は、互いの顔を歪め、互いの身から命を削り、互いから奪った血を足元へ撒き散らした。それでも互いの刃は、決してその凄まじさを緩めない。


 裁は更に刀へ力を込めながら、身を乗り出して私を見下ろす。


「あたしはあたしの為に生きて死ぬ。報いを受けろっちゅうんやったら受けて立つ。ただそれだけで、その為に魔法使いになったんがあたしや! あんたは何の為に生きるんよ、悪魔らいで嫌われもんの犬魔術師!」


「復讐だ!」


 負けじと押し戻しながら怒鳴り返した。


「私が悪魔喰らいになる破目になったクソジジイとクソ親父に、当時の魔法使いと悪魔、悪魔喰らいだと私達を煙たがる街の魔術師、〝患者〟だと物珍しいものを見るような目を向けて来る世間の連中、そしてお前! 気に入らない奴は、帯刀おびなたを軽んじる奴は、私が全員ぶちのめしてやる! もう振り回されるのはうんざりだ!」


 湧き出す黒が拮抗を崩す。


 激しく閃く火花に照らされながら、互いに大きく跳び退って距離を取った。その軌跡を赤とビビットオレンジの血が描き、互いによろめきながらも姿勢を保つ。


 『鎖の雨』のように激しく滴る自分の血を見下ろしながら、熱に浮かされるように零した。


「……それを果たせるのなら、私の生涯は今日まででいい」


 丸くなった背で、刀を順手に握り直す。


「復讐で人生棒に振るんかい。寂しいやっちゃ」


 裁は冷笑しながら、正中線に阿部さんの刀を構えた。その大振りな刃の向こうで、私を見据えると低く吐く。


「どっちが悪人か分からんな」


「お前よりはましだ」


 気付かない内にブラウスの内側から飛び出し垂れ下がっていた、ドッグタグネックレスを見下ろして返した。


「これでも首輪がかけられてるんでね」


 無数のトラテープが天井を貫き現れると床を突き、空をこじ開けるように天井を破壊した。瓶のボールプールが降り注ぐ瓦礫とトラテープに打ち上げられ、露わになった鈍色の雲は滝のような『鎖の雨』を降り落とす。


 もうびしょ濡れになる私と裁は、思わず顔を上げた。その瞬間を狙うように両脇の壁からもトラテープが噴き出し、激流の如く裁へ走る。


 気付いた裁は躱そうとするも負傷と疲労が重なる上に、不意を突かれて飲み込まれた。


 中空で先端が途切れている天井を砕いたトラテープの群れから一本を掴んだ鉄村が、それをロープ代わりに鋭く私の眼前へ降下する。背を向けて着地すると、間髪入れず零した。


「こいつに謝れ」


 怒りで熱が籠もる低い声に背筋が冷える。


 裁を飲み込んで荒海の如くうねっていたトラテープの激流が、波の隙間から裁を現した。海面から伸びるトラテープに縛られ芋虫みたいになった裁は憎々しげに私を睨み、鉄村に気付くと嘲笑を浮かべ吐き捨てる。


「……この色男」


 確かにその目は、迫る最期に焦燥していた。



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