52.名役者が怖いもの


「魔術が魔法封じなんざ嘗めたもんやな!」


 さいは吐き捨てながら走り出す。


 同時に辺りの瓦礫で、人体模型から引っ張り出して来たような小腸と大腸を模した塊をコノフィツムみたく組み上げた。瓶のボールプールを押しやって群生し出す臓物の偽物が、タイヤのように転がって迫り来る。


 気色悪い。黒く飲み込んで壊してやると、刀を正中線に構えようと腕を振るった。


 尾を何かに掴まれる。振り返ると、狙ったような激痛が両の足背を貫いた。


 痛みと混乱で痺れそうになる気を何とか保ち、背後を見てから足元を一瞥する。床から突き出したモルタル製の杭がロ―ファーごと足を貫き、同じく床から湧いた腕が尾を掴んで拘束していた。


「まあでも!」


 裁が息を切らして嗤う。


「手数はあたしが勝る!」


 裁が間合いに入るのを待っていたように足元からもう一本腕が湧き、私の胴から阿部さんの刀を引き抜いた。柄が突き出ていた右方向へ体勢を崩され、栓を失った刀傷から気が触れたように血が噴き出す。


 阿部さんの刀を引き抜いた腕は、それをヘリのプロペラのように回転させて前へ放った。ビビットオレンジの軌跡を描く阿部さんの刀が二回転した所で、跳んだ裁がその柄を掴む。落下しながら全体重を乗せるように、私を見据えて振り上げた。


 その迷い無い切っ先は、左の袈裟斬り。右方向へ崩れ、左半身を晒すような姿勢になった私へ、右腕一本から放たれたとは思えない凄絶な太刀筋が直走る。


 裁と太刀筋を見据えながら、指で弾くように刀を放した。宙へ投げ出されたばかりの刀を逆手で握り直し、伸ばすように上体を左方向へ引き上げる。


 裁が打ち落とす阿部さんの刀と、私のボロ刀が眼前で激突した。火花散る中、伸しかかる裁の体重に崩されそうな姿勢を何とか保つ。


 筋肉が収縮する度溢れる血に構わず、裁を押し返そうと踏み込んだ。鬱陶しげに顔を歪めた裁が蹈鞴たたらを踏むと、迫っていた臓物のオブジェクトの群れが糸が切れたように停止する。


 鍔迫つばぜり合いにもつれ込む中、私は血を吐きながら哄笑した。


「ハッ! 火力が足りてねえって言ったのをもう忘れたのかよ!? まだ手は隠してるようだが、先に死ぬのはお前だろうぜ魔法使い!」


 腕を失った裁の左肩から、絶えず流れる血を見る。その勢いは衰えず、奴の顔からどんどん赤みを奪っていた。これで動き回っているとは私でも呆れ返るしぶとさだが、死に近付いているのは確実だ。


 それに奴が蹈鞴たたらを踏んだ途端、臓物の群れが止まった。魔法使いの名家として代々慣れ親しんで来た付与の魔法エンチャントが滞るという事は、今の裁はまともに魔法を使っていられない程に焦っている。その歳で〝魔の八丁荒らし〟という高みに登り詰めた魔法使いが、魔法を振るえない程に恐れるものとはただ一つ。


 死だ。奴らの親のような存在である悪魔とは、魔法使いという己の願いの為に苦しむ人間を眺める事を至上の娯楽にしている性質上、どんな魅力的な人間が相手でも不死の魔法だけは渡さない。


 だから魔法使いは死を恐れる。そうまでして叶える為の力を手に入れたのに、その願いを達成出来ずに死ぬのは何より怖い。寿命も、少しは正気を持ち合わせていただろう、魔法使いになる前の人生すら捨てたのに。


 裁がこうまでして魔法使いを引退し、普通の人間に戻って正常な寿命に戻ろうとするのは勝手が過ぎるが、そう考えれば理に適っているようにも見える。悪魔と取引してでも果たしたかった願いを叶え、もうやる事も無くなったのに、奴らの玩具オモチャとして縮んだ寿命を全うするのは、確かに滑稽が過ぎる。



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