第9話 その頃………1
「エレオノーラ、具合でも悪いの?」
階下に降りると、いつも朝ごはんの支度をしているはずのエレオノーラの姿がなかった。
不審に思い、私はエレオノーラの部屋に向かう。
「エレオノーラ、具合でも悪いの?……あら?」
ベッドはいつものように整えられ、別に変わった様子は見受けられない。
しいて言うなら、いつもさっぱりしている部屋が、更にキレイになっているような気がした。
「森でスープに入れる野菜を摘んでいるのかしら」
そう思い、窓の外を見ようとベッドに近づくと、その横の文机に紙切れが乗っていた。
「ごみ?」
我が家では、要らなくなった紙は焚き付け用に取っておくのに、エレオノーラがこんなところに放置しておくのはおかしいわ。
そう思ってそれを手に取り、そっと開いてみた。
”父様、母様、兄様。我儘をお許しください。私はアレクシス様とコリアンヌ様の幸せのために身を引きます。邪魔者は消えたほうが…………………”
その手紙の最後にはエレオノーラのサインがあった。
「あ…あぁ……エルーーーーー!!」
私の声を聞きつけた旦那のエルネスティが、慌てて部屋に駆けつけてきた。
「どうしたんだジャクリーン!」
「エ、エレオノーラが……」
私は震える手で、持っていた手紙をエルに手渡した。
私の様子で何かが有ったことを悟ったのだろう。
慌ててそれを読み終えたエルの顔は、怒りに満ちていた。
「なんなんだ!あんなにも強引に事を進めたくせに、アレクシス様は二股をかけていたのか!?」
「エレオノーラ……一体何が有ったの……?」
「まだ家を出たばかりかもしれない!その辺を探してくる!!」
飛び出そうとしたエルを、私は慌てて引き戻した。
「待って!エレオノーラは急な状況の変化に対応できない子ですが、こうと決めたら慎重に突っ走る子です。多分、昨日アレクシス様と出掛けた時に、何かあったのでしょう。ならばあの子は昨夜のうちに家を出て、既に人の足では間に合わない所まで行っているはず」
「そうとも限らないだろう!とにかく私はエレオノーラを探し探しに行く!」
再び飛び出そうとするエルだったが、ちょうどその時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「エレオノーラだ!」
「違うわ」
僅かな望みを持ちつつも、慌てて扉を開けると、そこには件の人物が立っていた。
「朝早くから失礼します、エレオノーラに急ぎ話があるのですが、お目通り願えますか?」
お前が元凶なのに、いけしゃあしゃあと何を言っていらっしゃるんだこの野郎様。
「アレクシス様、娘に一体何をしたのですか!」
エルはそう言い、アレクシス様の胸ぐらを掴む。
いきなりの行動に訳が分からないだろうが、アレクシス様も武人の端くれ、反対にエルを抑え込む。
「エルネスティに何するの!!」
私はホウキを振りかざし、アレクシス様の横っ面を張り倒した。
王族にこんな事をすれば処刑ものだろうが、今はそんな事を考えている余裕はない!
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい!一体どうしたと言うのです」
残念だが、当たったのが穂の部分のせいか、アレクシス様には大したダメージはなかったようだが、攻撃されたこと自体がショックだったらしい。
「もしかしてエレオノーラに何かあったのですか?彼女はどこです!?」
ようやく気が付いたか、この馬鹿者が!
私はエレオノーラの書置きを、何も言わずアレクシス様に押し付けた。
「こちらこそお聞きしたいですわ。いったい何があったのです。昨日エレオノーラが予定よりもずいぶん早く帰ってまいりましたね。どうしてですの?そこにあるコリアンヌ様とはどちら様でしょう。さあ、私どもの納得のいく説明をして下くださいな」
「大変申し訳ありませんでした!」
言い訳もせず、いきなりそう言うのなら、何か心当たりがあるのだろう。
「まず、コリアンヌ様とは、私が留学中お世話になったエルランジェ国の末の姫君です。何故か私と相思相愛と思い込んでいるようでして…いくら説明しても、自分の都合のいい解釈しかしてくれない方です。私が彼女に恋愛感情など持っていないと、何度説明しても信じて下さらないのです」
「言い訳は結構。アレクシス様はどうなんですか!そのコリアンヌ様の事を憎からず思っていらっしゃるのではなくて?エレオノーラがこのような事をするならば、それなりの事が有ったのではありませんか!?」
「誤解です!私は留学前からエレオノーラ一筋です!!ただ相手が相手ですので、はっきり言う事も躊躇われ、つい言葉をオブラートに包んでいたのが……それがいけなかったのでしょう」
「なるほど、あなたの優柔不断な態度がコリアンヌ姫の誤解を招き、それを見たエレオノーラは家を出たのですか。まぁ、あなたのお立場上仕方がなかったのかもしれないですが、でもこの一連の出来事は、あなたの行動が招いた結果なのですね!」
「申し訳ありません。全て私の責任です!」
「もしエレオノーラに何かあったらどう責任を取るおつもりですの!」
多分あの子なら、自分に不利になる事や、自ら命を絶つなど絶対にしないだろうけれど。
「かわいそうなエレオノーラ。こんな事ならあの子の願い通り、この話を断ればよかった。ごめんなさい、ごめんなさいエレオノーラ」
そう言い私は泣き崩れた。
まあ半分本心、半分嫌がらせだけれど。
「えっ!?エレオノーラ嬢は私との結婚を嫌がっていたのですか?」
「ええ、この話は自分には相応しくないと思い悩んでいました。それを無理やり承諾させたのは私……。どうかお願いします、今回の話を白紙に戻してい下さいませ」
エレオノーラが帰ってくるまでに、少しでもこの状況を有利にしておかなければ。
それにこの話が白紙になれば、エレオノーラも帰って来やすくなるはずだ。
「お待ち下さい!それだけは勘弁して下さい。結婚してから、いえ婚約中もエレオノーラが何の気兼ねなく、心安らかに過ごせるようにします。私自身もエレオノーラに相応しい男になるよう努力します。ですから私にチャンスをください!」
この人は、なぜこんなにもエレオノーラに執着するのだろう??
どうやら留学前にエレオノーラと何かあったらしいが、その時あの子は二歳にもなっていなかった頃だから、全然覚えが無いと言っていた。
そんな赤ん坊から脱皮するような時期に、一体何が有ったと言うのだ。
「今はそんな事を言い合っている時ではないだろう。とにかくエレオノーラを探さなくては!」
父親であるエルが、一番真っ当な人間に見えた。
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