第25話・本と種そして村人の避難




 名もなき村を脱出する村人達はアリシアも一緒に脱出するように勧めましたが、狂気のアリシアは首を縦には振リませんでした。


 しかし、村人達は魔法使いのアリシアの意志と決意が固いとみて好きにやらせる事にしました。


 少し薄情では無いかとも思える決断でありましたが、辺境の辺境の村において伝説に語られる魔法使いの力は神の如しです。


 魔法使いのアリシアならば大丈夫だと、名もない村の村人達は自らに言い聞かせて村を離れる事となりました。


 この行動が更なる悲劇を呼ぶとは知らずに。


「私は大丈夫!一通り戦ったら私だけが入れる魔物棲むの森に向かうから!何とかエレノで合流しようね!」

(大丈夫…私は大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫、大丈夫)

「アーちゃん…」

「アリシアちゃん、無理はするなよ」

「すまんアリシア! 俺は母さんを守らないといけない。俺は村人達の先導役をするよ……」

「みんなも気をつけて! 次はエレノの町で!」

「おう!早く追い付いてくれよ!」

「アリシア……気をつけるのですよ」 

「はい、アニス院長」

「アーちゃん、怪我しちゃダメだよ!」

「みんなも気をつけて!早く行って下さい!」

「みんな行くぞ!さあ、力が有るヤツは荷車を押せ!」

「「おう!」」


ガラガラ……ゴトゴト……ガラガラ……ゴトゴト……


「アリシアちゃん!ほんとに気をつけるのよ!」

「エルさん!エレノに行ったら、また干し芋を作って下さいね!」

「エレノの町で待ってるから!約束よ!」


ガラガラ……ゴトゴト……ガラガラ……ゴトゴト……


「母さん、無理しちゃ駄目だよ!また腰を痛めるよ」

「オルソン、アリシアちゃんが……」

「母さん、アリシアが決めた事だ」

「アリシアちゃん……」


ガラガラ……ゴトゴト……ガラガラ……ゴトゴト……


 避難者達はオルソンやバスカルを先頭にして、さらに後ろからは盗賊の死体から装備を奪った村人が後に続く。


 盗賊の亡骸は首を斬られた後に打ち捨てられ、負傷したアニス院長や孤児達もアリシア特製の応急処置をされた後に頑丈なだけが取り柄なおんぼろ荷車に乗せられた。


 当然、ガル爺の亡骸?も荷車に積まれた。


※いやいや、ガルフ老は死んでないですって!


 盗賊の首を斬られた理由は強い怨念が残るとゾンビやゴーストなどが生まれ、最悪な場合にはグールなどの不死のモンスターに生まれ変わる場合が有る為でした。


 既に殺された盗賊達の利き腕からは【技能の種】と【ブック】が顕れており、アリシアは全てのモノを収納内に格納します。


 【技能の種】とは……十二歳で天職を得て、死の間際まで経験した天職の情報や技能を次代に繋ぐ為に体内のプラナが形を為したアイテムで有る。


※この村に襲い掛かってきた赤狼団の団員が石級以上のレベルとなったのも、ゴブリンとの闘いで死んだ団員の技能の種を摂取出来たおかげでも有りました。


 そして【ブック】は文字通り小さな本で有る。


 人間は産まれた際に一冊の白紙の本を神から渡され、そこに様々な事を記入されるのです。


 その内容は本人の名前で有ったり、天職であったり、配偶者であったり、賞罰であったり、魔物の討伐記録であったりと様々な事が書かれていて、人が死ぬと、それは一冊の【ブック】となって身体から外に飛び出す。


 この【ブック】は人の生きた証であり、墓には遺体の他にこれが埋葬される事が多い。


 南門でのやりとりから数刻後、北門から侵入したゼノア率いる赤狼団の盗賊達は村の北から家々を荒らしては火を着けて回っている。


 名もない小さな村の北側は既に火の海となり、長閑な村の面影は既に無くなっていた。


 南西の門で赤狼団の別動隊の盗賊達を倒したアリシアは、斧使いの賞金首であるドラの持っていた予備の武器であるショートソードを片手に、名もない小さな村の中心に位置するガルム村長の家に向かっていた。


 北門から攻めて来た赤狼団のゼノア率いる盗賊達は周りの建物から金目の品を漁っては火を着けていき、既に名もない小さな村は次々と延焼して以前の面影が完全になくなっている。


 赤狼団に対して沸々と沸き上がる怒り、大事な居場所を失った悲しみ、そして赤狼団の盗賊達に対する憎悪がアリシアに施された封印を解いていく。


「許さない、許さない、絶対に許さないから、あ“

あ“あ“…」


《アリシア! 落ち着け! 何故封印が解ける!? なんだこの力は!? アリシア! 落ち着け! 落ち着くんだ!》


 アリシアに掛けられた師匠の封印は小さなアリシアが持つには余りにも強大かつ強力過ぎる身体能力の為、アリシアの肉体が破壊されないようにする為にする封印といった意味合いが非常に強い。


《アリシア?俺の声が聞こえないのか?おいアリシア!正気に戻れ!正気に戻るんだ!なぜ封印が完全に解ける!?なんて力だ。俺には押さえきれん》


 アリシアの動きは一見ふらふらとした足取りに見えますが、これは意識内に眠る銘無しの覇王の封印が解け始めた兆候でした。


《くう、アリシアの力を制御せねば不味い。一度解けた封印は脆い。どうにかせねば》


 村の真ん中に有るガルム老人(村長)の家ではゼノア率いる盗賊達が周りの家々から略奪した大量の酒や食糧を運び込んで酒盛りをしている。


「ぎゃははははは!ほんと湿気た村だな」

「お頭、食糧と酒だけはたんまり有りますぜ」

「金は殆ど無いみたいです」 (ほんとしけてんな)

「まあ、売れそうな物は何でもかき集めておけ」


 盗賊達はガルフ村長の家に戦利品を集めていた。


「おい、あんなとこにガキがまだ残って居やがるぜ!」

「ヒャハハハハ、まだ間抜けなヤツが残ってやがったか!」

「おい、誰か、あのガキを捕まえてこい!」


「「へい!」」 ガシャ! ガシャ!


 そこに、別動隊を指揮していた斧使いのドラの死体から奪ったショートソードを片手に持ったアリシアがふらふらとした足取りで歩いてくる。


「おいおい、ガキがそんな危ねぇ剣なんて持つんじゃねぇよ。それを寄越しな〜」

「痛い目をみたくねぇだろ? おい、聞いてんのか?」

「ヒャハハハハ、コイツは上玉じゃね? 高く売れるぜ!」

「許さない、絶対に、許さ、ない」

「あん? なんだコイツ? とっとと踏ん縛ろうぜ!」


 下卑た盗賊達は幼いながらも整った容姿のアリシアを囲む。





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