第23話・アイスバレット



 北門で赤狼団の主力に傭兵のジルが敗れた頃、南西の門で待ち構えていた赤狼団の別動隊によって南門にいた自警団と北門から南門に向かった自警団員達は敗れ、村人に多数の犠牲者が出ました。


 その中には村長で有るガルフ・ガルムも含まれており、アリシアとパスカルが別動隊と交戦するも、ここでも村人達にも被害が出てしまいます。


 アリシアとパスカルが盗賊の別動隊の一人を攻撃して地面をのたうち回る中、母親を背負った巨漢の木こりで有るオルソンが合流して、憤怒の形相で地面をのたうち回る盗賊を使い古した大斧で叩き潰しました。


 残る盗賊はドラを含めた武装した六人と負傷した三人、一人はオルソンがたった今倒しましたが、こちらは草臥れた斧を持つ憤怒の形相の巨漢の木こりのオルソン、再び矢が尽きた猟師のバスカルは鉈を構え、北門での戦いの怪我でろくに動けない自警団の生き残り数名と鍬を持つ老人数人と木の棒を持つ孤児達が応戦します。


 ここまで来て、対人戦の覚悟不足と赤狼団に対する攻撃の甘さ故にガルム達が犠牲となった事に不甲斐なさを感じ、アリシアは迷いながらも矢の尽きた弓を捨てて、師匠からは、なるべく成人するまでは使わないように指導を受け、魔物の森の外では自ら使う事を禁じていた能力の封印を徐々に解除して、その力の一部を解放していきました。


 アリシアは門番や自警団の死体、瀕死のガルム村長、孤児を庇ったアニス院長の背中、そして孤児仲間の足の傷を見て激しい怒りを感じています。


 しかし、本来はそこそこ甘くて優しいアリシアの心は人間に魔法を使うのを未だ躊躇っていました。


 それほどアリシアの使う魔法には強力な力が有るのです。


 そして、アリシア本来の能力自体も他者と一線を画しているのでした。


 しかし、アリシアは仲間達を殺した盗賊達に対する激しい怒りと仲間の死により、細い糸一本程の危ういバランスで止めていた自らの能力を解放して、一瞬で身体強化のプラナを放出して周囲の魔素を取り込みマナを練り上げます。


(ごめんなさい! 師匠、村の仲間が危険なんです。私、言い付けを破り森の中以外で攻撃魔法を人に使います。許して下さい師匠)


 心の中で許しを求めるアリシアに、精神体となってアリシアの心の深い場所で休む師匠である銘無しの覇王がアリシアの悲痛な魂の叫びに応えます。


《うん?俺が起きるのはまだ先の筈なんだが?やれやれだな。俺は弟子が一人前になるまで静かに寝っていたのだが困った弟子だ。ほんの少しだけだぞ?人間に向かって攻撃魔法を使うなんて碌なもんじゃないからな? 何があっても心を強く持てよ。自分の行いからは決して目を剃らすなよアリシア》


(はい)


 精神体となっている師匠は元来心優しいと思っているアリシアの事を心配して全ての能力を封印していますが、たかが田舎のハゲ頭の盗賊如きにアリシアを殺させる気は毛頭ありません。


 アリシアの心の叫びに応えて意識下の精神的な封印の一部、魔法のリミッターの解除を開始します。


(師匠、私に力を貸して下さい!)


《うむ、仕方ないな。可愛い弟子のアリシアをこんな下らない闘いで死なせる訳にもいくまい。封印を一部解除するから心を強く持て、己が力に呑み込まれるなよ》


(分かりました)


 封印を解かれたアリシアの身体が魔素を取り込みマナを練って淡く光を放ち、さらに周囲の魔素に触れ、真言を発して真っ直ぐ伸ばした掌から現れた小さな魔法陣から、盗賊達に向かって氷の魔力が迸る。


「盗賊達を穿て!氷の礫で動けなるが良い!アイスバレット!」


ヒュバッ! ドスドスドスドス!


「「ぎゃあああああああ!」」


 魔法を詠唱するアリシアの近くにいた別動隊のハゲ頭の斧使いのドラと配下の盗賊達に無数の鋭い氷の弾が高速で突き刺さります。


 村人を含め、盗賊達にも何が起こったのかはまるで分からない様子でした。


 自らの身体に穿たれた穴から溢れ出る血液と、じわじわと襲ってくる痛みと急速に力が抜けていくのを感じながら盗賊達が次々と倒れていきます。


「なんだ、これは? 穴? 血が、血が、あれ?」


バタン


「痛ぇ、痛ぇよ。母ちゃん、死にたくねぇ、死にたく、ねぇ」


バタン


 それはアリシアが望んだ結果とはまるで違う血溜まりに沈む盗賊達の死体、アリシアはただ盗賊達を少しでも足止めして村人達を安全に逃がしたかっただけなのでした。


 そして、アリシアは錯乱状態となります。


「カヒュッ、馬鹿な。貴様、本物の、魔法使いだと」


バタン


「こんな!?私は盗賊達を殺したかった訳じゃない!仲間を守りたいだけなの!違う!違う!違う! こんな筈じゃなかった!こんな筈じゃ!嫌ぁああああーーーーー!」」


《アリシア! 気をしっかり持て! まだ敵は居るんだぞ?》


「あ“あ“あ“、嫌ぁああああーーーーー!」ヒュバッ! ドスドスドスドス!


 アリシアが錯乱し、更に放たれた氷の弾は盗賊達を突き抜け、無数の穴を穿たれた別動隊のリーダーで有るハゲ頭の斧使いのドラは他の盗賊と共に全身から血を垂れ流してアリシアの前で絶命します。


 アイスバレットは水属性魔法でも初歩の魔法で有り、二センチ位の氷の礫を無数に射ち出す魔法ですがアリシアのアイスバレットはその範疇にありませんでした。


 アイスバレットは使う者の魔力の強さにより放つ礫の大きさ、鋭さや固さ、射ち出される速度が変わるので強い魔力を持つ者が使うと恐ろしい効果を持ちます。


 盗賊の身に起こった現象は名もない小さな村の人々を驚かせ、避難民達は皆が魔法を使ったアリシアを見つめていました。


 一通り叫び、少し落ち着いたアリシアは初めて魔法で人を殺した事に震えて錯乱し、ガチガチと歯を噛み合わせながら、ぺたりと座り込んで顔を押さえて涙を浮かべます。


「何が起こった!? まさか、魔法か?」

(アリシア!? お前…)

「アリシアちゃん!?」

(まさか魔法も使えるの!?)


 名もない村の村人達がアリシアの方を凝視しますが、その間、魔法使いの出現でハゲ頭の斧使いのドラを失った残りの盗賊は軽い恐慌状態となります。





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