第24話 人間の性質

「ソラ君は、なんだかこういう点はポジティブな性格だよね」


と、ユキは言った。


「人間の進歩を信頼しているというかさ」


「そうかな、ありがとう」


と、ソラは白い歯を見せた。


「じゃあ、ユキちゃんは進歩というものを信じていないの?」


と、ソラはユキに尋ねた。


「そうね……わからない」


 わからないことを訊かれ、ユキは正直に「わからない」と答える。


「進歩っていうことを信じたい気持ちもあるけど、逆に昔から今まで人間の変わらない面──たとえば、戦争とか、貧困とか──を見ると、進歩っていうことが信じられない」


と、ユキは言った。


「ふうん、でもさ」


と、ソラは反論する。


「長い目で見ると、人間の生活水準は確実に向上しているよ。一〇〇〇年前の貴族より、今の庶民の方が良い暮らしをしてるって、ほらっ、古典の先生も言ってたじゃないか」


「え~っ、でも」


と、ユキは異論を差し挟む。


「戦争は確実に昔と比べて残酷になってると思う。刀や弓矢と比べて、ミサイルや核兵器の方がはるかにたくさんの人間を殺せるよ。それに、ものの面だけじゃないわ。心の面だって、『自分の国、自分の民族が他よりも断然すごい』っていう考え方は、昔のナチス・ドイツだけじゃない、今だって残ってるじゃない。人間って、何も進歩していないよ」


「傍目で見ていると、おかしいと思うけどね。でも、確かにそれって、日本人も笑えない話があるんだよ」


と言って、ソラは話を続けた。


「根拠の無い自民族中心主義は、何も外国人に限らない。日本人にもあるんだ」


「え~、どんな話?」


 ユキは不満そうな声を上げる。ソラはにやりと笑って言った。


「まず、『日本人の祖先はシュメール人だ』という話」


「へえ~、つまり裏を返せば、シュメール人の子孫が日本人だということよね?」


「そうだよ。実はそう主張する人は戦前にも意外とたくさんいたんだ」


「根拠は何?」


「日本語とシュメール語は、文法的には同じ膠着語だということ。あっ、膠着語というのはね、助詞が、名詞・動詞などの自立語にくっついて、文が構成される言語のことだよ」


例えば、

   私 は 大学 に 行っ た 。

という文の場合、傍線部の「は」「に」や「た」は、それ自体では実質的な意味を持たない。こういった単語が、「私」「大学」などの名詞や「行く」などの動詞(自立語)にくっついて文が構成されているのが膠着語である。


「ちょっと待ってよ。それだけで『日本人の祖先はシュメール人』って、断定できるのかなぁ?」


「どうだろうね。世界で膠着語がシュメール語と日本語しかないのならまだしも、トルコ語もモンゴル語も韓国語も膠着語だよ。アフリカ大陸にもアメリカ大陸にもある。世界の言語の半分は膠着語なんだって」


「そこで、なぜシュメール語『だけ』を問題にするのかな?」


「そこだよ、ユキちゃん。やっぱり、『世界最古の文明を築いた偉大な民族』と繋がりたいんだよ」


 日本では、シュメール文明についての研究は、戦前から進められてきた。「スメル学会」や「バビロニア学会」が組織され、研究報告も出版されていたのである。


 しかし、第二次大戦中に「高天原はバビロニアにあった」とか、天皇のことを「すめらみこと」というが、それは「シュメルのみこと」であるといった俗説が横行した際、京都大学名誉教授の中原与茂九郎氏が混同されることを嫌って「シュメール」という表記に換えたのだという。(『シュメル──人類最古の文明』小林登志子著、中公新書二〇〇六年刊、はしがき)


「大正時代には日ユ同祖論といって、『日本人の祖先は古代ユダヤ人だ』っていう説も盛んに唱えられていたようだよ」


「ユダヤ人って……その説には、どれくらい信憑性があるの?」


 ユキも、『モー』などの記事で、たまに目にすることがあるが、そもそも歴史系の話には弱いので、あまり注意して読んでなかったのである。


「あるわけないよ」


と、ソラはあっさり笑って言った。


「だいたい、現代では遺伝子が解析されて、日本人とユダヤ人の遺伝子上の差異は小さくないことははっきりしているんだ。もちろん現生人類はすべてアフリカにルーツを持っているから、アフリカから日本に至るまでの全ての人種は繋がっているとは言えるけどね」


「ということは、科学的には何の根拠も無い、ということ?」


「そうだね。たとえば、日本の神社にユダヤ教のダビデの星(六芒星)があったとしても、元々シンボルの形は古代から似ているものなんだよ。キリスト教の十字架と古代エジプトで生命を意味するアンク十字は、一部が丸いかどうかだけの違いだけだし、まんじ(卍)とナチスのハーケンクロイツも似ている。あと、日本の民謡で意味不明な合いの手をヘブライ語で解読出来るっていう話もあるけど、本当にそうなのかどうかはわからないんだよ」


「なんか、人間個人もそうだけど、集団も『自分たちは他とは違う』って思いたいのかな? そういうのって、承認欲求って言うんだっけ?」


とユキは言った。


「そうだね……もしかしたら、ユキちゃんの言う通りかもしれない。陰謀論を信じる心理も同じじゃないかな。人間はみんな、『私だけが真実を知っている』って思いたいんだよ、きっと」


「そう考えると面倒くさい生き物だよね、人間って」


と、ユキは呆れ顔で言う。


 ソラは一呼吸置いてから言った。


「まあ、そんな話よりもね、僕はむしろ逆に『人は所詮、みんな同じなんだ』という話の方が面白く感じるよ」


「へえ、どんな話?」


「あのさ、古墳って、あるじゃん」


 ユキは、ソラがいきなり違う話をしだしたように思えて、一瞬きょとんとした。


「古墳? あの古代のお墓のこと?」


「そう。あれって本来は山じゃなくて、巨大な人工建造物でしょ」


「それなのに、古代の人たちは、膨大なコストを投入して、相当巨大なものを熱心に造ってるよね。それって不思議なことだと思わない? まあ、もちろん『死者を祀ること』に、現代人よりもはるかに大きな意義を見出していただろうとは思うけど」


「言われてみれば、確かにそうよね」


「でもね、世界に目を向けると、古墳みたいな何かやたら大きな古代の建造物は他の地域にもあるんだよね」


「エジプトやマヤのピラミッドとか、中国にも始皇帝陵とか万里の長城のような巨大なモニュメントがあるでしょ。これって、どういうことだかわかる?」


「まさか……やっぱり宇宙人?」


と、ユキは半信半疑で訊いた。


 案の定、


「まさかぁ!」


と言って、ソラは大笑い。


「冗談よ。四月以来、何を話してきたんだ、って言われそうだわ」


 ソラにしては珍しく、しばらくの間、笑っていたが、ようやく口を開いた。


「あのね、人類はどうやら、歴史のある段階に達すると、普遍的にこうした無意味に大きなものを造る性質があるようなんだ」


「ある段階って?」


「例外もあるけれど、その多くは、国家というシステムが始まる時期くらいの段階さ」


「そうなの?」


「エジプトの古王国、マヤの古典期前期、中国の秦漢帝国初期、そして日本の古墳時代。みんな、ある一つの国家が始まろうとする時期だよ」


「だから、どういうこと?」


「つまり、国家という社会システムを構築し始める時に、為政者は、巨大な建造物を造る必要があったということ」


「何のため?」


「巨大な建造物を造ることは、当時の人々の心と身体に直接訴える効果があったんじゃないか、って」


「なるほど」


「つまりね、見上げるような高いものには憧れや威圧を、低いものには親しみや優越を感じたり、そのことから上を優位、下を劣位となぞらえたりする根本的な心の感じ方は、人類に共通する普遍的な認知の仕組みじゃないか、って考えるんだよ、最近の進化考古学ってジャンルでは」


「すごいな~、ソラ君、そんなこと自分でみんな考えたの?」


「まさかぁ、考古学者の書いた本の受け売りだよ!」


と言って、ソラはまた笑った。

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