エピローグ

 あれから、三年が経った。


 僕は大学を無事に卒業して、念願だった院内学級の教員免許を取得することができた。

 就職先を探している時に、たまたま健さんから「うちで働いてみないか?」と声を掛けてもらった。

 僕が断る理由はない。僕は、健さんの勤める病院で働くことになった。

 佐央里さんも僕と同じように健さんにスカウトされて、同じ病院で働いている。

 僕は院内学級、そして佐央里さんは院内に設置されている院内託児所で、日々働いている。


 それから、変わったことと言えば、僕は佐央里さんと付き合ったことだろうか。

 理由は単純なもので、将成のことを知っているから。

 将成という指針を失った僕たちは、お互いに付き合うことで心を補い合える利益があると思ったんだ。

 最初こそ利益の為だったけれど、今ではちゃんと彼女のことが好きだ。

 結局、将成の言う通りになってしまったが、結果として彼の『お願い』を叶えることができたのではないかと思う。


 今日はクリスマス。将成の命日だ。

 将成が、この世界からいなくなってから三回目のクリスマス。


 いつだって君のことを忘れたことはない。


「せんせえ! お外、雪降ってるよぉ!」


 院内学級に通っている少年が、病院の待合室にある窓を見てはしゃいでいる。少年の言う通り、窓を覗くと外は雪できらきらと煌めいていた。

「……ホワイトクリスマス」

「ほわいと?」

「クリスマスに雪が降る日のことを、ホワイトクリスマスって言うんだよ」

「ホワイトクリスマス!」

 きゃー、と楽しそうにはしゃぐ少年。僕も少しだけ心が浮足立つ。

 不意に、ポロンというピアノの音が耳に届いた。

 ほんの小さな音だった。けれど、僕は思わず音の方へ振り向いてしまったんだ。


 曲が――だったから。


 待合室にある小さな木製のピアノ。誰でも触ることができるピアノだ。僕も何度か触ったことがあるが、今は誰かの付き添いで来ていたであろう少女がつたない演奏を奏でていた。

 その拙さが逆に味になっており、さらに心のこもった演奏に聞こえる。


(今日は……君を彷彿とさせることばかり起こるな……)


 僕は自然と微笑んだ。


「……君も、見ているのかな、将成」


 僕は再び足を進める。

 遠くに佐央里さんを見つける。佐央里さんも僕のことを確認すると、笑顔を見せてくれる。


 君と出会えたことで、僕の世界は一変した。


 君に恋をして、僕は生きる意味を手に入れた。

 母さんとの繋がりを、失わずに済んだ。

 君には、感謝の言葉しか出てこないよ。


 ありがとう、将成。

 僕の世界を変えてくれて。

 ありがとう、将成。

 君はいつまでも僕の心の中で生き続ける。


 ――海音!


 不意に、が僕に届いた。

 きっとその音は空耳で間違いないと分かっていたけれど、振り向かずにはいられなかった。

「……海音クン?」と佐央里さんが言う。僕は「なんでもない」と微笑んだ。


 将成もこの雪を、見ていると信じて。

 僕たちは未来へと進んでいく。

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