第31話 おい誰かこいつ止めろ

「お待たせ、悠二君」


「……おお」


 居間で待っていた俺の元に舞さんが戻ってきた。着替えが終わったのだ。


 今の服装は、白のブラウスに黒のVネックジャンパースカートを組み合わせたもの。さらに長い黒髪をハーフアップにして、白いシュシュでまとめている。

 可愛らしくも大人らしい服装。俺は文字通り釘付けになってしまった。


「舞さん……綺麗だよ」


「そ、そう? 外出用の服って感じだけど……でも髪型は気合い入れたと思うな」


 確かに髪型で華やかなイメージがアップしている。

 いつもロングだからこそ、その変化がより際立っていると言えるのではないだろうか。

 

 ……というかオシャレに弱くないのに、何で寝間着はあんなダサシャツなんだろう……。


 そんな疑問が浮かんだものの、それ以上に舞さんの美しさには目がくらむ。


「何かドキドキするな……俺、今の君と遊びに行くんだ……」


「そんなに?」


「うん、ちょっと直視できない……くらいに」


「……そう言われると照れちゃうなぁ……。悠二君、可愛いんだから……」


 どっちが可愛いんだが……。


 心の声を出した途端、舞さんが漆黒色のショルダーバッグを肩に引っ提げた。


「そろそろ行こ。悠二君にはいつも戦わせてばっかりだからさ」


「うん……」


 こうして俺は舞さんと一緒に街へと出かけた。


 今考えてみれば、彼女と遊びに行くのはこれで初めてかもしれない。

 もちろん以前に俺の私服と寝間着を買いに行ったし、たまに化粧品を見に行ったりもしている。

 ちなみに食材は週に1回配達で来るので、食材関連の買い物はあまりしない。


 それ以外は怪獣討伐で時間を使っていたし、そうでない時は舞さんが部屋で勉強していたりしている。

 だから「遊びに行く」という事がなかなか作れなかったかもしれない。


 これはもう……デートだろもう。舞さんとデート……。


 正直浮かれすぎて、ニヤケ顔になってしまわないか不安だ。

 ともかく目的地に向かう為、近くにあったバス停からバスに乗った。


 日曜日という事もあって、バス内は中々混雑している。俺達は立っている事を余儀なくされた。


「私もドキドキしてきたなぁ」


「舞さんも?」


「いつも戦ってくれる悠二君にお礼したいと思って、色々とおめかししたけど……やっぱりこういうのって緊張するんだよね。相手が可愛い悠二君なんだし……」


「……可愛い可愛いって言わないで……顔が熱い」


「だって本当の事だよ? 可愛くてカッコよくて強くて……あなたみたいな子は他にいないって。というか今の服装もカッコいいんだからさ」


「やめて……そんなに褒めないで……」


 俺は褒められるのに慣れていない。完全に褒め殺しだ。

 今着ているのは白シャツに、ちょうどソドムと同じ褐色のジップパーカーを重ねたもの。下は黒いチノパン。

 

 以前に買った服から選んだものだが、まさかここまで言われるとは思ってみなかった。


 ちなみにオシャレな服をした舞さんに対し、何人かがチラチラ見ている様子。

 やはり舞さんほどの美人は周りの視線を集めやすいのだろう。


「ねぇ、あの男の子見て。チョー可愛い~」


「子役かなぁ? 絶対にアイドルか何かでしょ」


「やだ~! 弟の小学校にあんな子なんていなかったよぉ! 何あの天使! 全体的にSSランク!」


 ……いや、舞さんだけではない。

 俺も淑女方にチラチラ見られている。視線というのは本当に分かるんだと感じた。


「おっと……」


 俺達のように立っている人が多いので、身体がぶつからないように気を遣う。

 何とか身体のコントロールをしていると、舞さんの手がこちらに伸びてきた。


「一緒に手繋ご?」


「えっ、いいの?」


「遠慮する事ないって」


 舞さんの手は形よく綺麗だ。特に爪はクリアカラーで透明感あふれている。

 

 俺は戸惑いながらも、彼女の手をそっと握った。


 ほんのりとひんやりとして、指が細い。しかもスベスベしている……。

 親以外の女性の手を触れたのは初めてだから……汗がにじみ出ないか心配だ。


「悠二君、顔真っ赤だね。大丈夫?」


「…………うん」


 しかし俺が逆に心配されてしまった。


 こんなにも羞恥心が出るなんて、もしや精神がこのショタ姿に引っ張られているのではと思ってくる。

 ソドムの時でも獣の衝動で敵をなぎ倒しているから、あながち間違いではないかもしれない。


 それよりも混雑の影響で、自然と舞さんとくっついてしまう。感じてしまう彼女の柔らかい感触……。

 これは前言撤回。やはりショタになっていても俺は俺。20代の大学生のままだ。


「そろそろ着くみたいだよ」


「ん、あれか」


 バスの前面に都会と言わんばかりのビルが立ち並んでいる。

 あそこはアパレルショップやデパート、レストランなどあらゆる店が揃っているらしい。


「じゃあまずはスマホショップからね。それが終わったらゲーセンとかお買い物とか」


「でも大丈夫なの? 俺のスマホ買っちゃって」


「心配しなくても平気だって。ちゃんと考えているから」


 安心させるように微笑む舞さん。

 俺達はバスから降りて、そのスマホショップへと足を踏み入れた。


 スマホは様々な種類があったが、俺はなるべく安い物で済ませた。通話とネットさえすれば高性能である必要がないのだ。

 お金は舞さんのクレジットカードで支払う。さすがにそろそろバイトでもしてお金を入れたいところだが、この外見だとどこも雇ってくれる可能性が低い。


 強いて言えばヨーツーバーくらいだが、あいにく道具も演技力もない……。


「なんかこう、ごめんな。お金払ってもらっちゃって」


 外に出た後、俺は舞さんに謝罪した。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだが、舞さんがううんと首を振る。


「これくらいいいよ。あと通話料は私の口座に回すようにしておくから」


「本当にごめん。いつかはお金返すから」


「そんなのいいって。私は悠二君がいてくれるだけで十分なんだよ。まぁ、その分お手伝いとかさせるつもりだけどね」


 本当にそれでいいのかな……。


 本人が言うのならそうするしかないが。


「それとお父さんとお母さんには……スマホ2個持ちたかったって言っておく……明細から感づかれると思うから」


「ちょっと苦しいなそれ……」


「自分も同意見……。いずれ悠二君を紹介する日が来るから、バレるのも時間の問題かもしれないけどね」


 舞さんのご両親か……。


 ご両親は仕事の都合で、家には数ヶ月帰ってこない。 

 一応、2人の姿は舞さんと一緒に映った写真で見たが、母方はお姉さんなのかと言いたくなるくらいに若かった。


 舞さんが月に何回かリモートで話しているのは知っているし、その時に彼女が楽しそうな顔をしているので家族仲は良好だと思う。少なくともご両親は娘さんを大事に思っているはず。


 ご両親が俺を知った時、果たしてどういう反応するのか気になる。

 まさか娘さんが怪獣を創造して、その怪獣が男の子に変身しているなんて夢にも思わないだろう。


「ところで次どこにする? そろそろゲーセン?」


「ゲーセンは最後にしようか。次はアパレルショップに行きたい気分」


「アパレル? 服とか?」


「ちょっと惜しい。正解は水着です」


 その言葉に、俺は風呂場で着た白ビキニを思い出す。

 確かあれはお古だと言っていた。


「光ちゃんからいつか海行こうよって言われちゃってさ。そろそろ買い直さないといけないなぁっと。……そうだ、ついでに悠二君の水着も買っちゃおうよ」


「俺の? まぁ、確かに俺も泳ぎたいかなぁ」


 高校の時に友達と行ったプールが最後になっている。そう思うと久々に泳ぎたくなってきた。

 と、そんな事を思っていた俺に、聞いた事がある声がしてきた。


「あれ、舞じゃないか」


「あっ、勇美ちゃん!」


 目の前にいる女の子……確か結川勇美さんだ。


 光さんと同じく舞さんの友達で、ソフトボール部に所属するスポーツウーマン。

 その男らしい口調に違わず黒いキャップに黒いパーカー、そしてデニムパンツとダンディな服装を着こなしている。正直似合っていると俺は思う。


「勇美ちゃんも買い物?」


「ああ、次男の誕生日だからゲームでもプレゼントしようかなって。舞もここで買いも……」


 結川さん……いや勇美さんの視線が俺へと向いた。

 そして固まる彼女。


「ああ、この子が前に話した悠二君。私の従弟で……」


「悠二君」


「はい?」


 舞さんの話をさえぎった勇美さんが、俺の両肩を強く掴んできた。

 

「スマホで一緒に撮影してもいいかな!?」


 鼻息と呼吸を荒くして、ガンギマリな目つきをしながら。

 そういえば彼女、ショタコンだと光さんが言っていた。これは断ったら何しでかすか分からない……下手したら喰われるかもしれない。


「い、いいですけど……」


「じゃ、じゃあくっつき合って記念撮影しよう! 大丈夫! 何もしないから!! ここではしないから!!」


 ここじゃなかったら何する気だったんだ……。


 少し悪寒を感じた俺だったが、言われるがままに写真撮影されてしまう。「次は抱き合おう!!」「次はキスしよう!? 駄目!?」という暴走オマケ付きで。


 これにはそばで見ていた舞さんも青ざめた顔をする始末だった。

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