4章

第30話 デザイン技術には険しい壁がある……

「おはよ、悠二君」


 目を開けると、舞さんの可愛い顔がそこにあった。


「……おはよ」


 俺達はほぼ同時に目を覚ましたらしい。


 目覚まし時計を見てみると、朝の9時前になっている。

 舞さんは早起きする方だが、休日だと長く寝る傾向になる。俺もそんな感じなので、起きるタイミングがほぼ同じになったようだ。


「やっぱりこうして悠二君を抱くとポカポカするね」


「そ、そうかな……」


 もういつもの事だが、舞さんは寝ている最中でも俺を抱き締めている。そうするとより寝やすくなるからとか。

 俺も彼女の柔らかさと香りに対して、気持ちよさを感じてしまっている。抱き返すというのはさすがに出来ないが、密着させる程度にはやっているつもりだ。


「昨日の事、まだ悩んでる?」


「……踏ん切りが付かないかな。会いたいという気持ちになれなくて……」


 昨日、俺は「技の練習をしていたら巨人に変身する人と接触して、その人が舞さんに会いたがっている」という話をしている。

 実際の体験とは違うのは分かっているが、嘘は言っていないつもりだ。


『少し待ってくれる……? ちょっとすぐには……』


 話を聞いた舞さんが戸惑ったものの、こう答えてくれた。


 その人から会いたいと言ってきても、なかなか決心できない。彼女の考えはこんなところだろう。

 なので俺はそれを尊重して、彼女自身が一歩踏み出すまで見守る事にしていた。


「そんなすぐじゃなくてもいいから。色々と考えてしまうのは仕方ないよ」


「ごめんね悠二君……」


「いいよいいよ。それよりもお腹減ったし、下行こう」


「うん……今日は和食でいい?」


「ああ、おかかのおにぎりと玉子焼き。玉子焼きはいつもみたく砂糖入りで」


 舞さんはたまに朝食のリクエストを聞いてくる。これも俺にとっては恒例だ。

 彼女はキッチンに立って、ネグリジェにエプロンというあざと可愛い姿で料理を始めた。俺もそばに立って料理の手伝いをする。


「「いただきます」」


 出来上がった料理を2人一緒に食べた。

 今回の玉子焼きは甘くてふわふわ、何個も食べられる。やはり舞さんの料理は絶品……格別だ。


「ごちそうさま……さてと」


 先に舞さんが完食。

 それから彼女がタブレットとタッチペンを取り出し、考えるような表情を作る。


 例の話の後、戦闘のアシストになる怪獣の作成を始めたのだ。

 ただどのようなデザインにするかで悩んでいるらしく、昨日からほとんど進展していない。


「スランプかな……。ショゴスは粘液怪獣だったから、次はオーソドックスなのを……でも悠二君と被ってしまうかも」


「被ってても別にいいような……」


「駄目だよ悠二君。2体の怪獣を並べる時、なるべく違うデザインにした方がいいんだから。その方がお互いをより映えさせられるんだし」


「熱意がおすごい」


 こんな事をさらりと言う辺りが本物の怪獣好きらしい。


「四足歩行はどう?」


「それ考えているんだけど、頭部どうしようかなって……」


「角と大きな耳を付けるとか、あとは顔を隠すエリマキを付けるとか」


「もうそういうデザインが商業にあるからねぇ……だとすると顎だね。怪獣をひと飲みできそうな顎。それで名前は……『巨顎きょがく怪獣アメミット』……ううむ、ちょっとモールドは固めてから描いておこ」


 何とかアイデアを思い出したようなのだがまだまだ難航中。その作業を中断してしまった。

 それとアメミットは確かエジプト神話に伝わる合成獣だ。彼女の引き出しがすごい。


「ところでさ、ロボット怪獣ってのも好きだよね? そういうのは作らないの?」


「……確かに私、ロボット怪獣も推してるんだけど……ロボットのデザインが上手くないんだ」


「ああ……」


 俺には言いたい事が分かった。


 怪獣を含む生物とロボットとでは、デザインの技術がまるで違う。

 ロボットは凹凸おうとつやディテール、部品や光沢など高難易度かつ細かな作業を求められる。

 その技術は生物系イラストとは比べ物にならない。


「前にロボット怪獣描こうと思って調べたんだけど、頭が真っ白になりそうだったよ。まず四角を作ってとか機械をイメージしてとか、もうそこで諦めちゃった」


「分かるなぁ……。じゃあ怪獣……というか生物のイラストはどう身に付けたんだ?」


「私、小さい頃から動物の絵を描くのが好きだったの。それで小4から怪獣が好きになって、動物から怪獣にシフトしたら自然と……って感じかな」


「なるほどね。それで舞さんはどういうロボット怪獣をお望み?」


 俺が尋ねると、舞さんがワクワクとした表情を浮かべた。


「やっぱり最初はビームとミサイルを搭載したオーソドックスタイプでぇ、それから凶暴な姿と戦闘スタイルをしたサイボーグ怪獣。あっ、悠二君を模したロボット怪獣もいいかも!」


「ソドム型ロボット怪獣的な?」


「定番だからね! あと単体でも活動できるけど、身体を分離させて悠二君に装甲と武器として装着されるタイプ! 悠二君はそのロボット怪獣と合体して、武装とブースターを駆使できるとか!」


「おお、それもカッコイイじゃん」


「でしょ!? 今描けない分、ロボット怪獣の構想は考えているんだよ! もし実現したら悶絶死しちゃうよ!? 鼻血出して涙出すよ!?」


 もはや脳味噌が溶けすぎてグルグル目になっている舞さん。


「でもまだまだ道は険しいと」


「はいそうです……。まだ頭の中だけなんだけど……でも絶対に実現させる。強い怪獣を生み出せば敵をすぐに倒せるし、悠二君もなるべく怪我しなくて済むから」


 ……舞さん……。


 彼女は俺の身を案じながら構想を立てている。

 戦闘に参加できない罪悪感もあるだろうが、それでも俺には眩しすぎた。


「あとごめん。ほんの2割程度だけど、そのロボット怪獣の怪獣プロレスが見たいというのもある」


「やっぱりね」


「あ、あの! 悠二君の心配しているのは本当だけど……!」


「分かってるって。どっちも本心なんでしょう?」


 舞さんは優しい一方、自分の欲望には忠実。そういう女の子だ。

 最初は少しドン引きだったが、今となっては慣れてしまっている。


「う、うん……でも今は能力追加で手一杯かな。そういえば何か追加したい能力ある? あまり無茶なものじゃなければ大丈夫だと思うけど」


「そうだな……『尻尾を倍以上に伸ばして槍のように突き刺す』が欲しい」


 こればかりはすぐに案が出た。

 最近は尻尾を使う事が多いので、それを応用した技が欲しい。


「それなら文字が消えずに済みそうだね。早速……よし、成功。追加できたよ」


 能力追加する時には自動消去してしまう恐れがある。元々ある技に似た場合や、その怪獣に分相応な場合の2パターンだ。

 今回はそんな事はなく、証拠として俺の身体に光が一瞬纏う。早速プロフィールを見てみた。


 

 勇猛怪獣 ソドム

 身長:30メートル

 体重:50トン


 平時は人間の少年に擬態しているが、緊急時には真の姿である怪獣へと変身する。

 言葉を話すなど知能も高く、怪獣から人々を守るなど優しく騎士道精神の持ち主。

 2本角と鋭い爪、長い尻尾で敵を薙ぎ払い、さらに息を吸い込む事で『サルファーブレス』と呼ぶ超高熱の熱線を吐ける。

 また相手に爪を突き刺す事で能力を奪う他、素早い地中潜行、尻尾を倍以上に伸ばして槍のように突き刺す技を得意としている。



 推敲をしていたのか、プロフィールの説明欄がかなり読みやすくなっている。


「あとは怪獣が来るのを待つだけだな」


「前は出現速報が鳴ったのにすぐに消えちゃったからね。もしかしたらもう一回来るのかも」


 おそらくその速報は、以前に倒されたサーペントのもの。

 もう奴がいないのを舞さんは知らないのだ。


「……っと、作業はこの辺で終わりっと。ところで今日、悠二君のスマホ買いに行かない?」


「俺の……ああそうだな。やっぱり必要だよね」


「それで買い物をして、軽くゲーセンに行こうよ。こう見えてもよく光ちゃん達と行ってガンシューティングしてるんだよ、私」


「ちょっとお嬢様らしくない」


「そんなご大層なもんじゃないよ……前も言ったけど」


 照れるように頬をかく舞さん。

 確かに買い物とかしていれば舞さんの考えも固まるだろう。遊びに行くのもまたいい。


 それ以上に、俺の心が踊るのが感じてきた。

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