82.空を飛んでみました

『なに、魔物とて生き物よ。心の臓があり血が流れ、頭に脳を持つ。あの形であればの。なれば、急所も同じであろう』


「頸動脈を叩っ斬るしかなさそうですよ、あのサイズだと」


『ほれ、狙いが定まったではないか。予定が崩れるならば我が屑に変えてくれる。気を楽に行くと良い』


 いや、行くと良いといわれてもね。現在魔物の遥か上空なわけで。頸動脈斬ろうとするならそこまで行かなきゃいけないんですが。まさか、ここから落ちろとか?


『リョーが使っておった空に浮く板がいんべんとりに入っておらぬか?』


「空に浮く板?」


 どうせどう足掻いても魔物からドラさんまでは手が届かないのだし、インベントリを開いてゆっくり探してみる。使っていたというなら、色々放り込まれていたところではなくて日常使っていたものが入っていそうなタブだと思う。

 がーっとスクロールしていくと、それっぽい名前を見つけた。その名もエアスケボー。そういう名前をリョー兄ちゃんがつけたのだろうな。なんというか、そのまんまな名前だ。


 取り出してみたら、車輪の付いていない昔ながらのスケボーが出てきた。最近の真ん中で曲がるひょうたん型のヤツではなくで、小さいスノボみたいなアレ。いや、車輪が付いてないからまさにミニスノボなんだが。


『外は寒いゆえ防寒を忘れるでないぞ』


「寒いどころの気温じゃないでしょうに」


 それでも素直に忠告にしたがって、俺タブからコートと大太刀を出した。一覧にはオリハルコンの大太刀と書かれていたやつだ。今まで使っていた愛刀もインベントリに入れて持ってきてあるが、あんなデカい怪物を斬るには寸足らずすぎた。

 しかし、あれだ。オリハルコンなんて地球じゃファンタジー金属なんだけど。普通に実在するのか。別のタブにはアダマンタイトの剣とかミスリルの杖とかもあって、ファンタジー金属勢揃いだった。


『我が補助についておる。飛んでみよ。習うより慣れろと申すのであろう?』


「それは日本の慣用句ですけどね」


 コートを着込んで、下に置いたスケボーに足を乗せる。体重を乗せると表面に張り付くように安定した。それでも力を入れて引けば離れるから足が動かないという危険もない。優れものだな、これ。

 後ろの方に踏むスイッチがあるから軽く踏んでみたら、下から推進力が加わって浮き上がった。たぶん、前後左右の移動は体重移動だろう。

 浮き上がったことでドラさんの上から放り出されて、外気が一気に襲いかかってきた。さっむ!


 少し先行して戻ってきたドラさんが、俺の目の前に顔を寄せてきた。


『よくもすぐに乗りこなすものじゃのう。では、行くとしよう』


「首を狙い易いように誘導できますか?」


『囮じゃの? 任せよ!』


 溌剌と応えたドラさんが、羽ばたきひとつして翼を背に閉じ急降下していく。俺も少し遅れておいかけた。

 大きな体躯のドラさんを追って顔を向けるヘカトンケイルが首と大量の腕を伸ばす。捕まりそうなギリギリの距離で急上昇するドラさんに釣られて立ち上がり背を伸ばしたその姿は、背後を狙って直滑降する俺には非常に狙いやすかった。

 さすがドラさん。Sランク冒険者の自称使い魔。リョー兄ちゃんとも同じような狩り方をしていたに違いない安定した引きつけ役だ。


 ではでは。落下加速度も付けて、行くとしましょうか。


 スケボーを垂直に立てての直滑降。

 スピードが乗ってすぐに後悔したけどな。ゴーグル欲しいわ、これ。

 今更止まれないから仕方がない。


 落ちる刀で一太刀。巨体も剛毛も物ともしない鋭い切れ味の大太刀が、まるで豆腐に刃を立てたがごとくスルスルと肉を斬り、真っ赤な血が吹き出した。

 推進スイッチを踏んで立て直し、上空へ宙返りする。返り血は置き去れたようだ。

 地を這うような低音の絶叫に、遠くの森から鳥の群れが飛び上がった。

 傷口側に身体を傾けいくつもの腕で傷口を押さえながら地団駄を踏み大暴れする怪物の頭上に戻って、今度は反対側の頸動脈を狙って再降下する。

 先ほどよりも高度が足りない分、空中で回転をかけて遠心力を乗せた。蚊を叩くように襲ってきた腕から間一髪逃げ出して、さらにもう一度宙返って上空へ。


「ドラさん! 上まで運んでください!」


『乗れ!』


 乗るというより、近くを通ってくれたドラさんの額の角に捕まった。ぐんぐん昇っていくドラさんに運ばれて、途中で手を離せばそのまま落ちるだけだ。


「ありがとう!」


 お礼を叫んでおいたけど、聞こえたかな。

 大太刀を先頭に落ちていく。スピードをあげるためとはいえ、ちょっと上がりすぎたか。急な気圧差で耳が痛い。

 首を両側押さえて上に顔を上げる余裕もなく大暴れするヘカトンケイルの延髄目掛けて、スケボーでちょいちょい位置修正して。

 真っ直ぐ落ちた大太刀が深々と肉を切り裂き骨を断ち。ヘカトンケイルの身体をクッション替わりに衝撃を吸ってもらったそのまま、スケボーの推進スイッチをめいっぱい踏み込んだ。


 ポンと上空に弾き飛ばされた俺を上空で受け止めてくれたのは、ドラさんの背中に括り付けた鞍のクッションだった。

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