81.魔物というか怪物です

 朝早く。

 俺はドラさんに乗って王都上空にいた。


 携帯端末で通信を結んだ先は、なんと行政府代表通信だそうだ。

 朝一番に連絡したのはまずキャレ先生で、今日は学院お休みします、という連絡のお願いに。次に『隠し爪』共有端末に繋いでエリアスに行ってくるねという報告を。ドラさんに乗っていたら携帯端末が知らない相手からの通信を受信して、この世界で迷惑電話ということもまずないので出てみたら、相手が国王陛下だった。いや、直接かけてくるとか、気安すぎませんか、陛下。

 その陛下から、協力してくれるドラさんにお礼が言いたいので王城に寄ってくれないかと頼まれたわけだ。まぁ、ドラさんが拒否したので陛下とのご対面は実現しなかったわけですが。そのかわりに、王城の上を飛んでくれるとのことで。


 昨日も使った広場には、騎士が勢揃いしている中に埋もれるように陛下と宰相様が並んでいて、揃って空を見上げていた。顔が見えたので手を振ってみせたら、陛下が嬉しそうに破顔して両手を振ってくださった。

 てか、陛下の素って意外と幼いのかも知れない。意外じゃないか、昨日もその片鱗はあった。


『我が意向を聞き届けてくれたこと、感謝する。ドラゴン殿にはよくよくお礼を申し上げておいてほしい』


「申し上げてというか、本人もこの通信を聞いていますよ、陛下」


『何っ! 本当か!? あー、えー、コホン。ドラゴン殿には大山脈の向こうという遠距離からご協力を賜り、国を代表し感謝申し上げる』


 ドラさんはここまでの会話を全部聞いているわけで、途中に挟まったわざとらしい咳払いに喉でくくっと笑った。どうやら声を聞かせたく無いようで自ら返答はしないのだが、その場でクルリと旋回する。そうしてから翼をはためかせて上昇し始めたので、出発するようだ。


「では、陛下。行ってきます」


『うむ。よろしく頼む』


 日本人に生まれ育っている俺としては目上の相手より先に電話を切るのは失礼という意識があるのでしばらく通信が繋がったままだったけど、物音から察するに、家臣に端末を渡して家臣が通信を切る、というやり取りをしていたようだ。ブツ、と音を残して通信が切れた。

 で、切れるのを待っていたらしいドラさんから声をかけられた。


『なかなか愉快な為政者であるな』


「ですよね。好奇心旺盛というか子どもっぽいというか。親しみやすい国王陛下だと思います」


『仕えてやるのか?』


「うーん、どうかな。陛下は良い人だからって政府全体も良い政府だとは言えないじゃないですか。既に俺、魔法省は嫌いですし」


『所属させるべき部署ではないか』


「たぶんそうですよねぇ」


 まぁ、陛下個人の私的な交友関係というあたりに落ちつきたいよね。面白い人だし、第三者のせいでせっかくの縁を切ってしまうのはもったいない。


 俺を乗せているからドラさんはゆっくり飛んでくれているけど、それでも空という障害物のない場所を移動しているので、移動速度は速い。陛下の個人評などしているうちに、眼下の景色は森から草原へと変わっていた。

 ちらほらと見えるのは小型の猛獣だ。ドラさん曰わく、もっと標高の高い岩場が彼らの活動範囲なのだそうで。


 山肌に沿って尾根をひとつ越えたところに、それはいた。

 うずくまっている巨大な獣。地球ではお目にかかった覚えのない青い体毛の長毛種のようだ。

 周囲に転がる岩と比べても大きなその体躯は、大きく身体を伸ばしたら10メートルとかあるんじゃあるまいな。


「なんだろう、あれ」


『ふむ。あのように丸まっておっては正体も分からぬが。魔物ではあろうな』


「あれが、他の魔物が麓に向かって逃げ出してる原因?」


『おそらくそうであろうよ。あれが、異界より廃棄された魔素の元ぞ』


 そうか。この世界の魔物は、魔物の肉を取り込んた親が産み落とす元はこの世界の動物たちと聞いてある。あんな巨体がこの世界の動物なわけがなかった。

 でも、その魔物の祖はもういないってドラさん言ってなかったか?


『あれはこちらの世界で生まれたものであろう。魔素が凝り固まり生まれ落ちることがある。元の魔物の姿での』


 ちょうどその魔物が顔を上げたのと目が合った。上空から見下ろす俺とドラさんに、のっそりと身体を伸ばして、その大量の腕がドラさんを捕まえようと彷徨いだした。

 そう、腕が大量にあった。


「なにあれ、ムカデ?」


 いや、節足動物ではなく獣なのは分かってるけど。両脇から背中にかけてワサワサ生えた腕が気持ち悪い。


『ヘカトンケイルであるな。これは厄介だ。あれはいくらか知恵がある。リツ。討伐の用意を』


「え!? 俺が倒すの!?」


『せっかくの大物、素材が惜しかろう? 我が力を振るえば塵にしてしまう』


 そうはいっても、相手はビルみたいな怪物なんですけど!?

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