69.空の旅は寒いです

 学生であるからには学業優先なので、後期授業の始まる前に学院に帰る必要がある。転移魔法陣を設置してしまえば行き来も一瞬とはいえ、設置しに行くのは地道に移動なのだ。


 日程も限界なので明日帰ろうと決まったその夜、ドラさんの巣へ退出の挨拶をしに全員で出向いた。全員揃って挨拶をするのは初対面以来かな。一緒に庭にいたことはあるし、それぞれ交流していたみたいだけど。

 明日帰ります、と話したところ、ドラさんは大きな顔をコテンと横に傾けた。


『住まいはそこな山壁の反対側と言うておったよの? なれば、空から送ってやろうか』


 反対に俺たちの方がビックリするお申し出だった。


「空から?」


『うむ。背に乗れば良かろう。わごんとやらも儂の手持ちで運んでやろうぞ』


 多少爪傷がつくやもしれぬが、との注釈付き。どうやら本気らしい。


「重くないですか?」


『軽くは無かろうが、問題はあるまい。我が背であればヒトの6匹程度小荷物の類であろう』


 そりゃまぁ、それだけ大きければそうだろうけど。

 ちょっと待っていろと言って小屋の奥に入っていったドラさんは、帯が沢山付いた椅子を持って戻ってきた。だっこ紐の背中に付けた木枠にソファを括り付けた感じの作りで、手作り感いっぱいだった。


『リョーを乗せておった鞍がこれである。椅子部分を6人用に変えれば十分にことが足りようよ』


 むしろ、ソファ部分を取っ払ってクッションにシートベルトでも付ければ良いかな。改造方法に思い至ってしまった。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


『うむ。儂も壁向こうは久しく出向いておらぬゆえ、楽しみよ』


「山の上を行くんですよね?」


『空調を忘れるでないぞ。動物には厳しかろう高高度を行くゆえの』


 やっぱりそうなんですね。塔の結界から空調部分を拾って鞍に設置しなくては。


「先生。明日は鞍の改造させてください」


「あぁ、勿論だ。頼むぞ、魔道具技師殿」


 陸路で山脈を迂回するから5日もかかるのであって、まっすぐ山を越えるなら1日かからないしね。


 そんなわけで。助手に全員投入という贅沢体制の突貫工事で6人乗りの鞍を作り、1日遅れて出発準備完了。行きましょうか。


『振り落とされたくなくばしっかり掴まっておるようにの』


 ばさりと羽ばたいた皮の翼が風をはらみ、一羽ばたきごとにグングンと上空へ上がっていった。両手で持ってくれている吊革には車が革の帯で梱包されて吊られている状態だ。これなら車に傷もつかないだろう。

 座席全体を覆うように空調をかけてあるのだけれど、急激な気温変化には追いつけなかったか、だいぶ肌寒い。念のため防寒具として布団を丸めて括り付けてあったのだけど、さっそく広げることになった。


「寒っ!」


『おう、すまなんだ。もう少し高度を下げようかの』


 人間たちの反応に面白そうに笑った。他人事だと思って。絶対わざとだろ。まったく。

 高度を下げたおかげと空調が効いてきた効果で、やっと快適になった。そうしたら、周りを見る余裕も出てきたのだけど。


 それは、塔の天辺なんて目じゃない、絶景だった。地球でもテレビでしか見たことがない、飛行機の高さ。富士山どころか本家アルプスも見下ろすような高度から壁のような山脈も眼下に見下ろしている。

 溶けない雪が真っ白に染めた夏山の北斜面に、ぐにゃぐにゃに折れ曲がった地層が見取れる頂点から、うっすらと草をたたえ始めた南斜面へ。

 そのまま視線を前方に向ければ、裾野の深い森と緑をせき止める人の街が見えてくる。南へ目を向ければ王国全土にその先の海まで見えていた。案外この国は狭いのかもしれない。


 同じ光景を見ているはずのみんなからは、歓声のひとつも聞こえなかった。翼が風を切る音と、時折羽ばたく幕を打つ音だけが聞こえる静かな空の旅だ。

 なんか寂しいぞ。


「あの森にめり込んでる街の外に下ろしてもらえますか?」


『うむ、承知した』


 景色を楽しむようにと気を使ってくれたようでゆったり飛んでくれていたドラさんに、降りて欲しい場所を伝える。王国の南の半島の方まで飛びながら高度を下げたドラさんは、街の上空を旋回してから森を抜けたあたりの草原に降りてくれた。


「はー。怖かった」

「グンってきたよグンって」

「凍えて死ぬかと」

「それより耳塞がったんだけどあれ何?」


 地に足つけた途端に大騒ぎである。レイン教授だけは何も言わないが、背負っていたはずの剣を杖代わりにして仁王立ちなので、多分口に出さなかっただけで怖かったのに変わりないんだな。

 意外なところに地球人アドバンテージを実感。


「鞍外すから手伝ってよ。ドラさん、手持ちで持ち帰ってもらって良いですか?」


『うむ。巣に保管しておこう』


 みんなで手分けして鞍と車を梱包していた帯を外して、車の代わりに鞍を梱包し直して吊り下げられるように形をつくるまで、大体15分。


『今宵は留守であるか?』


「塔に帰ります。夜には顔を出しますよ」


『うむ。無理はせぬようにな』


 無理なんてしませんよ。塔にいると忘れてしまうが、まだこの地域は残暑が厳しいのだ。寝る時くらい避暑に行きます。

 まぁ、部屋の中は空調が効いているからあまり差はないけども。


 お土産のように荷物を吊り下げてあっという間に飛び去っていくドラさんを手を振って見送って、俺たちもレイン教授のマイカーに乗り込んだ。

 家に着くまでが遠足というし。王都までもう一息だ。

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